AUTOMATON Awards 2016
「ベスト・パッケージ愛好家サポート賞」
ゲームを購入するとき、目の前にパッケージ版とダウンロード版があった場合、あなたはどちらを選択するだろうか。それぞれにメリットがあるため、各々の事情と相談することだろう。パッケージ版は、プレイし終われば売却して新たなゲームを買う資金の足しにすることができる。購入時に割安な中古品を求めることもあるだろう。一方のダウンロード版は、プレイする際にディスクを交換する手間がない利便性があり、また事前予約してあれば発売日の午前0時からプレイ可能であったりする。あるいは、それぞれに付属する予約特典などを吟味して、どちらかを選ぶという方もいるだろう。
ご存知の通りPCにおいては、パッケージ版がないわけではないが、いまやダウンロード販売が完全に主流だ。DFC Intelligenceの調査によって、2013年時点ですでに売り上げの92パーセントがダウンロード販売からのものだとするPCRのレポートがあり、その割合は現在ではさらに増えていることだろう。ゲーミングノートPCをはじめ、そもそも光学ディスクドライブを備えていないPCも増えてきている。コンソールでは前世代の中頃からパッケージ版と同時にダウンロード版も発売するようになり、現在では併売されるのが当たり前になった。数字をあたってみると、ダウンロード販売の普及が一目瞭然だ。Statistaの調査によると、アメリカでのPC/コンソールゲームの売り上げ比率は、2009年当時はパッケージ版が80パーセントに対しダウンロード版は20パーセントであったのが、2015年にはそれぞれ44パーセントと56パーセントになり逆転している。
一方イギリスに目を向けてみると、ダウンロード版の売り上げが上昇傾向にあることに違いはないが、UKIE/GfK Chart-TrackとSuperDataの2015年のデータをまとめたMCVのレポートによると、タイトルによってばらつきはあるもののパッケージ版の方がいまだ優勢で7割前後を占めている。ダウンロード版に接する機会はアメリカとそう違わないはずだが、Entertainment Retailers Associationの調べによると、イギリスの消費者の77.1パーセント(2016年10月時点)がパッケージ版のゲームを好むと回答したと、同じくMCVが報じている。その理由としてもっとも多かったのが、「物理的に所有したい」というものだったそうだ。実際に手に取って取扱説明書を読み込んだり、棚にコレクションしたいといったことを理由として、冒頭の質問の回答にパッケージ版を選んだ方もいたのではないだろうか。
しかしながら、そういった選択肢が存在しないゲームも数多くある。そもそもダウンロード販売しかされていないゲーム、特にインディーゲームはほとんどがそうだ。PC向けであれコンソール向けであれ、低コストで世界中へと販売できるため、規模の小さいインディースタジオが自主販売するには最適な方法である。ダウンロード販売は昨今のインディーゲームの隆盛を支えているといっても過言ではないだろう。とはいえ、上で示した通りパッケージ版を好むゲーマーは一定の割合存在する。そんななか現れたのが本稿の主役Limited Run Gamesだ。
Limited Run Gamesは、アメリカのインディースタジオMighty Rabbit Studiosが2015年に設立したパブリッシャーで、ダウンロード販売されているインディーゲームをパッケージ化して販売している。運営はMighty Rabbit StudiosのCEOでもあるJosh Fairhurst氏とDouglas Bogart氏がたった二人でおこなっている。同社が通常のパブリッシャーと異なるのは、その名前が示す通り“Limited Run(限定生産)”であることで、あらかじめ生産数を発表して発売する。その生産数はタイトルによってまちまちだが、おおむね4000本前後で、有力なタイトルになると7000本ほどになる。そして完売後に再生産されることはない(不良品の交換対応などのため、いくらか余分に作ってキープはしている)。現在は基本的にPlayStation 4とPlayStation Vita向けタイトルのみを手がけており、そのディスクやカートリッジはもちろんソニーと契約した上で指定工場で製造される。そしてゲーム販売店などには流通させず、自前でオンライン販売をおこなっている(オンライン専売の場合、レーティングを取得する必要がなく、コストを抑えられるというメリットがある)。
このようにダウンロード販売されているゲームをパッケージ化して発売する動きはほかにもある。たとえばIam8bitは、水口哲也氏率いるEnhance GamesのPlayStation 4タイトル『Rez Infinite』のパッケージ版を販売している。これは日本でも一部で報じられていたためご存知の方もいるのではないだろうか。ちなみにIam8bitは『Rez Infinite』のサウンドトラックLPやTシャツなどのグッズ販売も手がける。
インディースタジオのVblank Entertainmentは、自らが手がけた『Retro City Rampage』のパッケージ版を制作して自主販売した。同タイトルはさまざまなプラットフォームに移植されているが、パッケージ版についてはPlayStation 4版やフロッピーディスクに収録したMS-DOS版などが制作された。
このほかでは、IndieBoxがPC向けのインディーゲームをパッケージ化している。同社の場合はただパッケージ化するのではなく、それぞれのタイトルに合わせてフィギュアなどさまざまなグッズを同梱した豪華セットを制作し販売しているのが特徴だ。また大手ゲーム小売チェーンGameStopのパブリッシング部門GameTrustと提携して、SteelBookにパッケージしたゲームをGameStopで販売する事業も始めている。このように、ニッチな市場ではあるが、うまく需要をとらえてダウンロード販売されているインディーゲームに新たな価値を生み出しているのだ。
話をLimited Run Gamesに戻そう。同社は需要をはかるため、自社タイトルであるMighty Rabbit Studiosの『Breach & Clear』と『Saturday Morning RPG』を使ってテスト販売したのち、今年4月に発売したPlayStation 4/Vita版『Oddworld: New ‘n’ Tasty!』から本格始動した。それ以降、毎月新作をリリースしており、本稿執筆時点までに発売したタイトル数は実に合計19タイトル29 SKUにのぼる(予定では2016年内にあと数タイトル発売されるはずだ)。すでに発売済みで評価も出揃ったゲームをパッケージ化しているだけとはいえ、これはなかなかの発売ペースだ。
このように限定生産して販売する一方で、 グラスホッパー・マニファクチュアの須田剛一氏が手がけたPC版『The Silver Case(シルバー事件 HDリマスター)』の海外パッケージ版や、『Skullgirls 2nd Encore』の海外パッケージ版の制作・販売を手がけたりもしている(関連記事)。これらは事前予約を受けつけて受注生産するという形をとっていた。
前述したように、1タイトルにつき何万本もの本数を販売しているわけではなく、大きなゲーム業界の中ではあまり目立った存在ではないかもしれない。しかしゲーマーやデベロッパーからの支持を得ながら地道にリリースを重ねて、事業がうまく軌道に乗っていることがわかる。ただゲームをプレイするだけなら、すでにあるダウンロード版で十分だし、手間もかからず便利である。しかし、モノとして所有したいというゲーマーの願いを叶えるべく奔走したLimited Run Gamesの今年の活躍には、心からの賛辞とともに、僭越ながら「2016年ベスト・パッケージ愛好家サポート」賞を贈らせていただきたいと思う。
今回、Limited Run Gamesの共同設立者であるDouglas Bogart氏にお話をうかがうことができたので、そのインタビューを以下に掲載する。
―― Limited Run Gamesは、そもそもどのようなきっかけで設立されたのでしょうか。
Douglas Bogart氏(以下、Bogart氏):
当時Mighty Rabbit Studiosはつらい時期を過ごしていました。ただJosh(Josh Fairhurst氏)は、彼が手がけたゲームをパッケージとして目に見える形で残すことなく終わってしまうわけにはいかないと考えていたのです。それと同時に、彼と同じようにパッケージゲームを愛する人たちがほかにいるのかどうか、もしいるのであれば何か新しいことを始めることができるかもしれないという考えもありました。
そこで彼は、私にLimited Run Gamesの立ち上げに力を貸してくれないかと声をかけてきたのです。私たちはまず自社タイトルであるPlayStation Vita版『Breach & Clear』をパッケージ化してみたのですが、生産した1500本はわずか108分で完売してしまいました。この結果を受けて、私たちはこの事業を続けてみよう、そしてほかのデベロッパーにも声をかけてみようと決意したのです。
―― そのようなパッケージゲームファンがたくさんいる一方、近年ダウンロード販売は成長し続けていますしプレイする際も手軽です。なぜ彼らはそれでもパッケージを好むのだと思われますか?
Bogart氏:
私たちも彼らと同じなのですが、物理的にゲームを所有したいのです。もし仮にオンラインストアが閉鎖されたとしても、パッケージなら生き残ることができるでしょうし。それとパッケージゲームは「見てくれよ、これが俺のゲームコレクションだ!」と言える、いわばトロフィーみたいなものなのですよ。ゲーマーの中にはゲーム関連アイテムで部屋を飾ることが好きな人も多いですしね。ダウンロードゲームではこういったことはできないでしょう。
―― では購入者の年齢層はどのくらいなのでしょうか。やはりダウンロード販売なんてなかった頃を知っている世代が多いのでしょうか。
Bogart氏:
この事業を始めて間もない頃はおおむね25歳以上の世代がほとんどでしたが、今はもっと若い世代も増えているように思います。レトロゲームを発掘するような感じで、パッケージの良さに気付き始めているようです。
―― どの国からの購入者が多いのでしょうか。日本ではパッケージ販売が強いといわれていますが、今までに購入者はいましたか?(その内の一人は私ですが)。
Bogart氏:
一番多いのはアメリカですが、次いで多いのはカナダとイギリスですね。日本から購入する人はあまり多くはないので、見つけた時は興奮しますよ!
―― 今やLimited Run Gamesには非常にたくさんのファンがいるので、さまざまな声が毎日のように寄せられているのだと想像します。
Bogart氏:
まだ言えませんが、多くの要望が寄せられていたものがついに実現して、もうすぐ発表できます!それはさておき、確かに私たちの仕事内容や将来の計画などについて、たくさんの意見をもらっています。WayForwardの『Shantae(シャンティ)』シリーズを発売できたことは彼らの要望が後押しになって実現したもので、私たちにとっても夢がかないました。
―― 基本的にPlayStation 4とPlayStation Vita版のみを扱っていますが、これは何故でしょうか。以前マイクロソフトにコンタクトを取っていましたが結果はどうでしたか?
Bogart氏:
ほかのプラットフォームは少量生産に対応していないので、残念ながらやりたくてもできないのです。いまはNintendo Switchのゲームを発売できないか検討しているところです。
―― 新作の計画については、あなたたちからデベロッパーにアプローチするのでしょうか。それとも向こうから?
Bogart氏:
基本的には希望するデベロッパーにこちらからオファーすることになります。ただ、私たちの知名度が上がってきたからか、最近はデベロッパーから声をかけてもらうこともありますよ。
―― では、交渉を持ちかけて断られたことはありますか?どういう理由で断られるのか興味があります。
Bogart氏:
もちろん断られることもあります。理由としてはダウンロード販売にしか興味がないとか、単純に忙しい、余分な儲け話に興味がない、あるいはすでにほかのパートナーがいる、といったものですね。
―― 個人的に少し意外だったのが、スパイク・チュンソフトの『Mystery Chronicle: One Way Heroics(不思議のクロニクル 振リ返リマセン勝ツマデハ)』の発売でした。あなたたちのラインナップはすべてインディーデベロッパーのタイトルでしたので。特にインディーにこだわっているわけではないということでしょうか。
Bogart氏:
ええ、特にインディーに限定しているわけではないですよ。それに私たちにとってスパイク・チュンソフトと仕事をすることは、日本のほかのデベロッパーから信頼してもらうためにも大事なことでした。
―― では、また日本のゲームを発売する可能性もあるのですね。
Bogart氏:
もちろんです!『レイギガント』『ストライダー』『I am Setsuna(いけにえと雪のセツナ)』『メタルスラッグ』『アトリエ』シリーズなど、手がけてみたいタイトルは山ほどあります!
―― いろいろ挙げていただいたついでにお聞きしたいのですが、もしプラットフォームや時代を問わず、好きなゲームをパッケージにして発売できるとしたら何を選びますか?
Bogart氏:
PlayStation 4/Vita版『ファンタシースターオンライン2』、それとPlayStation 3版『Yakuza 5(龍が如く5 夢、叶えし者)』ですね。これらをリリースするのが夢なのです。
―― Limited Run Gamesは今年本格始動してこれまでに19タイトル/29 SKU発売しています。かなりのハイペースに驚くのですが、これは当初から予定していたことなのでしょうか。
Bogart氏:
正直に言うと、どれだけできるかわからずに始めたので、この結果は嬉しいですし驚いてもいます。来年はPlayStation 4/Vitaそれぞれに24タイトルずつ発売したいですね。
―― 来年の話が出ましたが、すでに計画があるのですか?
Bogart氏:
来年はもっと大きなメーカーに興味を持ってもらえるようになりたいと考えています。あと、もしかするとさらに別のプラットフォームに対応するかもしれません!
―― では最後に、幣サイトは日本のゲーマーはもちろん、開発者の方にも読んでいただいています。なにかメッセージがあればどうぞ。
Bogart氏:
私たちは日本も日本のゲームも大好きです。もしパッケージ化してほしいゲームがあれば遠慮なく私たちに要望を送ってください!そしてアメリカでゲームをダウンロードのみで販売しているメーカーのみなさん、私たちに連絡してください。一緒にその状況を変えましょう!
―― お忙しい中、どうもありがとうございました。
インタビューの中でBogart氏には手がけてみたいタイトルをいくつか挙げていただいており、そこでお気付きになった方もいるかもしれないが、いずれも日本ではパッケージ版が発売されているものばかりだ。しかしアメリカではダウンロード版しか存在していない。つまり向こうでは、それほどダウンロード販売へのシフトが進んでいるということだ。彼らのある種の危機意識は、日本にいて感じるそれとは少し違うのかもしれない。それが故に、あえてパッケージ化して販売するLimited Run Gamesなどのようなメーカーが生まれ、多くの支持を集めることができているのだろう。
Limited Run Gamesは新たな目標を持ちつつ、来年も変わらずダウンロードゲームのパッケージ化をおこなっていく。その多くは海外のゲームになるだろうが、日本からも購入が可能だ。今後の発売予定としては、12月13日に開催されたPlayStation Awards 2016で「インディーズ特別賞」を受賞したSka Studiosの『Salt and Sanctuary(ソルト アンド サンクチュアリ)』などが控えている。パッケージ版の魅力に興味を持った方は、彼らの公式サイトやTwitterなどをフォローしてみてはいかがだろうか。私もパッケージゲームを愛する一人のゲーマーとして、これからも彼らには注目し続けていきたい。