『Car Mechanic Simulator 2014』 / 適度に薄く、そして惜しいリアル路線
先んずれば人を制す。プレイ開始後4時間段階での感想をお届けするのが[4 Hours Impression]です。第3回の今回は PC『Car Mechanic Simulator 2014』。Steam 価格は19.99ドル。
企画における作品の選定基準はあいまいではなく、きわめてシンプルです。その瞬間、私がプレイしたいと思い手を伸ばしたものであり、かつ新作またはセールアイテム。今回についていえば、Steam の Wishlist に入れていたところ偉大なる蒸気の神から値引きのリマインダがとどき、しかるに購入へと相成った次第です。
意外に思われるかもしれませんが、私は自家用車の運転が好きです。昔はとくにこだわりなどなくむしろ「クルマなんて前時代の娯楽だ、こんなものにセックスアピールを持ち込む連中はどうかしている」と公言してはばからなかったのですが、人間変われば変わるものです。
高いカネを払って中古車を買った理由は省きます。ただ、当たり前なのですが運転する機会が一気に増えました。片道3時間~4時間くらいならば”圏内”になるくらいの走行距離です。すると不思議なもので(あるいは当然に)、一転してクルマに妙な愛着がわくようになりました。クルマの仕組みを簡単に勉強してみたり、雀の涙ほどの予算のなかで内装をいじくってみたり、他人のクルマに興味を持つようになったり。
そんな経緯があり、本作には注目していました。が、定価で買う気にはなれませんでした。”Simulator”とタイトルにあったからです。
少々不安感を感じるトレイラー。
リアルなのか雑なのか「非シミュレーター」なのか
本作を語るまえに、まず昨今の”Simulator”ブームについて簡単におさえておきましょう。元来シミュレーターゲームとはリアル路線というよりは現実そのものの再現に注力するものであり、Microsoft『Microsoft Flight Simulator』シリーズや『Microsoft Flight』、Steamで広がったものでは『Euro Truck Simulator』あたりを想起する方も多くいらっしゃるものと思われます。
他方、”Simulator”とタイトルにつけるという風潮(というよりももはやギャグの領域なのですが)が最近あります。はしりとなったのはおそらくはご存知『Surgeon Simulator』。以来、とにかくどんな雑なゲームでも Simulator とタイトルにつけておけば一定の笑いと評価を獲得できるようになってしまいました。このブームがあとどれだけ保つのかは未知数ですが、個人的には諸手を上げて歓迎したいような現象ではありません。
さて、では本作がそれらのような非シミュレーターに属するのか、となると微妙です。クルマのメカニズムについてさほど詳しくない私にとってすら雑に思える「クルマの定義」でありながら、作品自体が目指しているのはあきらかに本来の意味でのシミュレーターであり、投げやりなウケ狙いではありません。むしろゲーム直後からチュートリアルほぼ0でプレイヤーをガレージに放り投げるスタイルは、古典的なスパルタンであり、まさに”リアル路線”のそれです。
眷属は「手術」
プレイして私が真っ先に思い浮かべたのは、PC『Life & Death』シリーズです。トンデモ手術ゲーとしては、上記『Surgeon Simulator』やファンタジックな『カドゥケウス』シリーズなどがありますが、こちらはいわゆる正統シミュレーターとして一部に熱狂的なファンをもつ作品です(なお、同じくリアル路線ではExcalibur Publishing 謹製の『Surgery Simulator』がありますが恥ずかしながら未プレイ)。
おおまかなゲームフローは、「故障したクルマが持ち込まれるので、どこに問題があるのかを突きとめ、修理または交換し、ミッション達成」。やはり『Life & Death』です。患者がクルマになっただけとすらいえるでしょう。違いといえば、時間制限がまったくないこと、「失敗」にあたる要素がないことくらい。テスト走行で思い切りぶつけても法の庭に持ちこまれたりはしません。
プレイヤーがやるべきことも似ています。どのような対応が適切かを見きわめ、順番にパーツを取り外し、しかるべき処置をほどこし、(外見的に)原状回復したらミッションクリア。やはりヒトとクルマの違いです。
クルマに興味を持てるゲーマー向け
大雑把に表現すると、本作は「パーツを交換するだけのゲーム」です。いちおう運転の要素もありますが、おそらく全世界のドライブゲームを並べて品質を比べた場合、下から数えたほうが早いでしょう。
ではパーツについて勉強させてくれるのか? と淡い期待をいだきそうですが、そんなに優しくありません。ショップでの購入画面にずらりと並ぶパーツ一覧は、ほぼ一切の説明がなく、「どこにどのパーツがあるのか」はプレイヤーの知識にゆだねられることになります。修理要請があった箇所がいったいどこなのかわからない場合、プレイヤーはチュートリアルでもゲーム内の説明文でもなく、Google をあたることになります(たいていの場合画像検索すると一発で解決)。
この時点で、多くのプレイヤーがふるいにかけられることになるでしょう。ゲーマー全体を俯瞰してみると、クルマ好きはどちらかといえばマイノリティのはず。それでもなお、導線を埋設し「このパーツはこうやって交換するんだよ」と指導するのはそれほど難しくはないと考えられますが、あえてそれを放棄しているのです。本当にリアルなのかどうかは別として、本作はシミュレーターの精神性を内包していると判断してよいでしょう。
しかしおそらくマニア向けではない
私のような素人では数多のパーツの前に立ちすくむこと間違いなしなのですが、それではこれがカーマニアも満足させうるかというとはなはだ疑問です。公式の説明いわく「120以上の修理依頼」とありますが、逆にいえばたったの百数十です。少なくとも、私の敬愛するオートバックスの業務内容がそんなに単純とはとても感じられません。
実際本気でプレイしてみると、たしかに最初はとまどうものの慣れてくればそれなりに対応できるようになります。機構の詳細はさておき、「だいたいこのへんだろう」とアタリがつくようになってくるのです。これはゲームとして見ればこの上なく好ましい設計ではあるのですが、クルマを再現しているのか? という視点では難しいところです。
なぜ本作がリアル寄りでありながらもゲーム的に感じられるようになったのかというと、結局のところ「クルマが私たちの日常生活に溶け込んでいから」と評するほかありません。テーマが潜水やら手術やら、近いようで遠い存在であれば、このレベルでもリアルと充分に認定されたことでしょう。”リアル”あるいは”リアルさ”は、原則的にはプレイヤーの人生経験を反映した相対評価でしかありえません。個々人の知識と体験が”リアルさ”の濃度を判定するのです。
また、クルマを題材としたリアリティ番組の存在も大きな影響をあたえるでしょう。日本の地上波ではあまり見かけませんが、ヒストリーチャンネルを映せばかなりの確率でクルマの映像にぶち当たります。良きにつけ悪しきにつけ、クルマへの馴染みは(日本ではともかく)深まっているのです。ゲーマーがクルマに興味を持たずとも、世間一般が同様とはかぎりません。ゆえに、「みんなクルマのことなんか知らないんだからこのゲームは”リアル”だ」はいささか暴論です。
Steam のレビューでは「このゲームは初歩的なことしか学べず、複雑なことはなにもない。女性向けではなかろうか。」というマイナス票が投じられ、続いて「私は女の子だけど」から始まるジョークまたは煽りめいたマイナス票が入るなど、けっして安定した評価を得られているわけではありません。事実、それなりに楽しさを理解した私ですら無責任に誰かへ20ドルの支出とともに本作を開発させる勇気はありません。
しかしそれとは別の話として、最低限の知的好奇心の充足と実利的な意味で、本作は価値のある作品です。というのも、思わず忘れてしまいそうですが日本は自動車大国。自動車産業なくしては成り立ちません。にもかかわらず私はクルマについてあまりにも無知でした。なぜアクセルを踏めば進むのか、ブレーキを踏めば止まるのか、運転するとバッテリーがどうして充電されるのか、そんなことすら考えてこなかった……その程度の”現実”に生きていた……日本という国に住んでいながら……。たったそれだけではありますが、気付きに導いてくれた『Car Mechanic Simulator 2014』をプレイしていた時間は私にとって有意義なものだったのです。
『Car Mechanic Simulator 2014』の今後
本作を拡張する『Garage Online』は Kickstarter をものの見事に失敗しています。目標5万ドル、結果は46人の Backers で集まったのは1509ドル。「本当に5万ドルぽっちで実装できる内容だったのか?」という突っ込みはさておき、マルチプレイすればそれなりに楽しさが増したであろうことは疑いようがなく、その点では惜しいものがあります。
しかし(ほぼ)確定事項として、『4×4 AddOn』と銘打たれたアップデートが4月中に予定されています。詳細は公式にもアナウンスされていませんが、タイトルどおり四輪駆動車要素とあらたな修理ミッションが追加されるようです。
まとめます。本作は、以下の「すべての」要素をみたすゲーマーにはお薦めできます。一、クルマに興味がある(興味を持てる)・ニ、現実重視のシミュレーターが好きである・三、細かいことは気にしない。
スーパーカーやクラシックカーを運転したい? それは他の作品に任せましょう。
ちょっとやってみたかったかもしれない……。