『ボクと契約してマンションを買ってよ。フフフ…』(以下『ボクマン』)はAndroid/iOS向けのミニマルゲームだ。開発は株式会社ピース、価格は"真の意味"で無料。課金要素はいっさいない。かわりに、これでもかといわんばかりに各種広告が表示される。
プレイヤーは高級マンションをなかば無理やり購入させられ100兆円(ゲーム内表記はなぜかG)の借金を背負ってしまう。それを返済すべく「バイト」と「マンション運営」にたずさわることになる。
じつは不動産収入よりバイト
『なめこ栽培キット』シリーズでブレイクした、いわゆる放置系ゲームに『ボクマン』は分類される。マンション運営パートには手持ち資金を使っての改装&収益ブースト要素があるにはあるが、特別頭を使いはしない。基本的には順番にアップグレードするだけだ。そして数十分から数時間放置し、家賃を回収する。これの繰り返しである。
本作を本稿で取りあげるまでに押しあげたのは、間違いなくバイトの存在にある。1タップいくらでカネが手に入る。いくらか支払えばバイトのレベルが上昇する。ただそれだけではあるものの、キモはタップするポイントが逃げる点にある。癇にさわるような挑発的挙動で動きまわる「バイト」は、絶妙なバランス感覚で触る者すべてをムキにさせるだろう。
マンションや借金返済がテーマの本作だが、プレイして楽しい部分は文句なしにバイトパートである。私の場合だと、暇つぶしのつもりで開始したのに気づいたら数時間ずっとタップしつづけていた。iPadが物理的に少しへこんだかもしれない。
はっきり言ってしまうと、「バイト」におよそゲーム性と呼べるようなものはほとんど備えつけられていない。ゲームとしてどうかと考えると、モバイル界隈をにぎわす模倣作品のほうがよほどマシである。しかし、それらを上回る魅力を本作(のバイト)は内包している。
「ふにゃもらけ」世界がバイトを加速させる
ただ移動するターゲットをタップするだけだったならば『ボクマン』は評価にすら値しなかっただろう。だが作品を構築するすべてがかみ合い、異様な誘引力を秘めるに至っている。
まずBGMだ。これまた手抜き感すらある脱力系楽曲なのだが、それがバイトの単調さをなぜかカバーしている。普通ならばストレスが増幅させられるだけのはずだ。そこが「マンション経営者なのになぜバイト」「なんだこのキャラクターは」「バイトの内容がへんてこ」などの各種表現により、裏返る。今年一番耳に残っている曲は、現時点で『PAYDAY 2』の「Ode to Greed」を抜き『ボクマン』メインテーマだ。それくらい強烈に脳に焼きつく。
ほんのわずかしかないSEも良い。タップ音、キャラクター登場音などは「ふにゃもらけ」の"頭のユルさ"をきっちりと伝達してくる。白熱する指先と真逆に位置する間の抜けたサウンドは、やはり『ボクマン』を楽しいものとしている。
いま述べたとおり、本作は世界観がコアに鎮座しているのだ。キャラクター・BGM・フレーバーテキスト・物語(のかけら)、それぞれが精妙に『ボクマン』ワールドを組みあげている。もともと株式会社ピース自体がオリジナルキャラクター「ふにゃもらけ」によるコンテンツ展開を本業としているのだから、当然といえば当然かもしれない。だが、愛の欠落したキャラゲーの末路をわれわれゲーマーの多くが知っている。けっしてたやすいことではなかったはずだ。
ゲームと呼べるのかすら怪しいが
おそらく『ボクマン』そのものは、ゆるキャラ「ふにゃもらけ」のプロモーションの一環としてリリースされている。公式ブログを読むかぎりでは、イベント出演や物販などでの露出が"本業"のようだ(アプリでどれくらいの広告費を稼いでいるのかはわからない)。だが、ともあれ本作が「ふにゃもらけ」のアピールに資した事実は疑いようがない。すなわち「ふにゃもらけのどこが良いのか」をあますところなく世界観レベルで伝えたのだ。
ひとつひとつのパーツを切り出せばゲームと呼べるのかどうかすら疑問だ。問題点も散見される。プレイを続けているとアプリ自体がほぼ不具合級に重くなるため定期的なタスクキルは必須だし、画面中に配置された広告は邪魔で視覚的にも美しくはない。
しかし、大目的「自社商品のアピール」へむけて最大限ゲームらしく仕上げようとし、そして確実になしとげた。それが本作である。いかにつまらなくとも、できが悪くとも、その楽しさに疑念の余地はない。
スキマ時間を活用したゲームをうんぬんとの議論や主張は耳にたこができるほど聞かれる。ならば『ボクマン』はそれへの答の一つだ。本当に隙間を埋めるためにゲームをするのならば、この程度でかまわないし、この程度が望ましい。ただの豪速球でも、デッドボール寸前の部分に投げ込めば充分に刺さる。
余談だが、App Storeのレビューでいきなりネタばらしされているとおり本作にはクリア後要素がある。すべてを終わらせるには、普通のがんばりかたでは1週間前後かかる。一過性のネタゲーではない。
なにかのゲームのロード画面に悩まされているゲーマーへ、いままさにおすすめできる。そんな怪作だ。