人々の運命を環境から変えて、ループする一日の殺人を防げ。時間操作ミステリーADV『The Sexy Brutale』紹介
『The Sexy Brutale』においては、仮面の呪いとでも呼べそうな不思議な力によって、あなたはループを続ける一日を過ごすことになる。プレイヤーキャラクターであるLafcadio Booneという老執事は、奇妙な仮面をつけたままゴシック調の屋敷の一室で目覚めるのだが、その屋敷は時間の流れがおかしくなっていて、さまざまな場所で複数の殺人が起こる。屋敷のなかにいる人間で、Lafcadioだけが時間を巻き戻すことができ、彼は何度も繰りかえしおなじ行動を取りつづける人々の先回りをして、殺人の原因となるさまざまな要素を注意深く取りのぞいていく。
彼がもつ懐中時計とおなじほどの正確さで、人々はまったくおなじ行動を繰りかえす。そのために、あるひとりの人物のあとをずっとつけていれば、いったい誰が犯人で誰が犠牲者なのか、その殺人は何時何分に殺されるのかまで、正確に知ることができる。となりの部屋から漏れ聞こえてくる人々のひとり言を聞いたり、扉の鍵穴から覗き込んで彼らが何をしているのかを知ることで、次のループでしかるべき対策を行い、運命を変えることができるわけだ――たとえば、ある殺人の道具に用いられることになっている猟銃の弾を、空包に変えておくだとか。
この奇妙な屋敷に招かれたゲストたちの運命は、プレイヤーが操作を加えないかぎり、悲惨なものである。繰りかえされる一日のどこかで、かならずむごい死を迎えるのだ。しかしプレイヤーが環境に変化を加え、彼らの運命を救うと、そこからは手をかけてやらなくても生き残るようになる。しかし、ここで手を休めるわけにはいかない。屋敷のほかの場所では、まだべつの殺人が起こっているのだ。
システムによって厳密に分かれているわけではないが、基本的にはひとりのゲストを救うことがひとつのステージとなっている。そういうわけで、ゲームプレイの本質は、Lafcadioを操作して屋敷のなかを探索し、起こることになっているひとつの殺人を未然に防いだあと先に進む、という繰り返しのものになっている。しかしこの繰り返しが退屈なものになっていないのは、ひとりの人間を救うたびに得ることができる、あたらしい能力のためである。どうも彼らは仮面舞踏会かなにかに呼ばれたらしく、みなマスクを被っているのだが、殺される運命から救ってやると、彼らはそのマスクをLafcadioに与えるのだ。すると、彼はあたらしい能力――より遠くまで聞き通せる聴力だとか、屋敷にはびこる幽霊を見るための特別な視力だとか――を手に入れる。この新しい能力が、そのままつぎの犠牲者を救うための新しいギミックになっていて、飽きるということがないのだ。
奇妙な時間が流れている、この屋敷自体のバックストーリーも興味深いものだ。ゴシック調の屋敷は、ひとつひとつの部屋が注意深い手によってデザインされたミニチュアのように美しく、また配されたさまざまなオブジェクトが、屋敷の隠されたさまざまな秘密を語ってくれる。厳密には、それぞれの殺人もまた屋敷自体の秘密に繋がっていて、物語の面でもプレイヤーをどんどん引っぱってくれる。ランドスケープも多彩で、歩いていて飽きることがない。聖堂、カジノ、バーなどが用意されているが、金がかかっている感じという意味でも、単純なグラフィックという意味でも、非常にリッチである。
おなじ一日を何度繰りかえそうとも、つねにまったく同じタイミングで、ある人間が何かを動かす。屋敷のある場所で大きな音がする。銃声が聞こえる。繰りかえされる一日というテーマを、ぎりぎりまで追求することによって生まれたこの整合性は、先述した美しいグラフィックによって支えられ、すばらしい相乗効果を生み出している。初見ではなぜそんなことが起こるのかわからなかったグラフィカルな出来事も、屋敷の新しいエリアに入ったり、新たな能力を手に入れることによって、その原因を再発見することができるのだ。この独特な語り方に興味深い物語が加えられることによって、ユニークな設定を採用しているにもかかわらず、キャラクターの像が引き立ってくる。最後までプレイすれば、七時間程度のボリュームは単純な引き延ばしの結果ではなく、ゲーム自体が表象している一日の繰り返しとまったく同様の細密さによって、十全なものとなっていることが感得されるだろう。
ただ、欲張ったことを言えば、より広い視点、いわば屋敷全体がひとつの有機的なシステムであるように感じられる瞬間が、もうすこしあっても良かったのではないかとは思う。先述したとおり、ゲストをひとりずつ救っていく実質的なステージ制のために、自分のプレイが環境に与える影響もまた、そのステージに限られてしまうようなところがあるのだ。要するに、カジノに加えた変更は、カジノのなかで起こる出来事にだけ影響するのである。たとえばバタフライ・エフェクト――因果関係がばたばたと連鎖していって、思いもよらない場所で思いもよらない出来事が起こる現象――のような展開などがあれば、まちがいなく名作として称えられていただろう。もちろん、これは筆者の望みすぎというべきところで、その点を差し引いても、本作がユニークなプレイフィールを持った快作であることは間違いない。
それだけに、日本語訳の品質がとても低いことは残念だ。これは種々のオブジェクトからテキストで読み取れるバックストーリーをよく知ることができないというだけでもそうだし、殺人を防ぐというゲームプレイにおいて重要な手がかりである、キャラクターたちのダイアログの可読性が著しく損なわれているという意味でもそうである。たとえば、男性と女性のキャラクターが会話をしていると、ふたりのキャラクターの男口調と女口調がとつぜん入れ替わる。あるいは、日本語訳によって引き延ばされたテキストが原文より大きな吹き出しを必要とし、そのためにふたつの吹き出しが重なって、読むことができない部分があらわれる。単純な誤訳も多い。本稿の冒頭で「空包」と記述したが、ゲーム内では「空砲」という字が当てられている。
テキストの質の低さは、この作品にとってはとくに致命的だ。なにせ、あらゆる物語や状況の説明が、音声ではなくテキストで行われるのだから。正直に告白すると、筆者は途中から英語に切り替えてプレイし、原文のテキストの小気味の良さが、本作を支える重要な骨子であることを確認した。残念ながら、現状のクオリティでは、日本語版でのプレイはお勧めできない。これはかなり重大な問題である、というのも、日本語訳がまったく存在しない状態であるよりも、作品の質を著しく損なう日本語訳でプレイできるほうが、誤解に満ちた評価を招くという意味で、より嘆かわしいことであるからだ。筆者としては、一日でも早い日本語訳改善のアップデートが行われることを、切に願うばかりである。