Unreal Engine 4で開発した学生作品『Holy of Apocrypha』はいかにしてプログラマー不在で生み出されたのか?
各社のゲームエンジンがしのぎを削る昨今、ゲーム制作における様々な障壁が順次低くなっているのは間違いない。今回取り上げる『Holy of Apocrypha』(以下HoA)は、大阪デザイナー専門学校の卒業生四名からなる「チームあきた」がUnreal Engine 4(以下UE4)で制作したゲームだ。チーム編成は2Dアート/3Dモデラー/アニメーター/プランナー各1名で、プログラマーはいない。
プログラミング未経験のデザイナーの集まりでも、これほどのものを仕上げることができるという証左として、ぜひご覧いただきたい。
大阪デザイナー専門学校で教えてた学生達の卒業作品。UE4でガッツリと作られたアクションゲームです。彼らのチームはプログラマーがいないので、基本的に全て彼らだけで頑張ってますよ! pic.twitter.com/52kmQJQsfm
— alwei (@aizen76) March 4, 2017
3月上旬にツイートされた指導教員 中村氏からのコメント、動画は3000を超えるRTを獲得
稀有なバランスのチーム編成
動画を一目見て、キャラクターデザイン、グラフィック、モーションが高い水準でまとめられており、学生作品としては驚きのクオリティを誇る本作。そのクオリティの支えとなった理由のひとつには、チーム編成のバランスの良さが挙げられるだろう。
「以前から仲が良く、お互いの制作物のクオリティだけでなく、それぞれ取り組んでいる分野・方向性が違っているのをよく知っていました。チームで制作する上でも一人一人うまく振り分けられそうだなと思い、声をかけさせていただきました」と語るのは、チームあきたのリーダー・秋田翔太さん。発起人としてベースとなる作品イメージを提供したほか、UE4作業全般、モデリングを担当した。プランニングを担当したのは石井歩さん。細々とした演出や、実務としてはエフェクト、SE(サウンドエフェクト)で作品のクオリティを下支えした。モーションを担当した鈴木裕人さんは、シナリオ・絵コンテに加えてキャラクターへのリギングも行なった。モーション制作中には各キャラクターの性格などの裏設定でイメージを膨らませつつ作業を進めたという。
ほかの3人と違い2Dアートを学ぶコースに在籍する山本正太さんがデザイン全般を統括。タイトルロゴやテクスチャを一手に引き受けた。
「3Dの3人は直接教えていて、山本くんはそうではありませんでしたが、4人ともに共通してプログラム経験は一切ありません。チームのやる気が素晴らしく、毎週新たな内容を求められるのに応じて、プログラマーではない彼らにも分かるように、教えた技術を彼ら自身が使っていけるように気を配りました(指導教員 中村氏)」
商品として作るのであれば、どのテクニックで課題をクリアしていくのかを考えることになり、取りうるアプローチは変わってくる。しかしこうした制作においては、それよりも学習コスト・実現コストの低さ、テンポ良く完成へ導けることが最優先となる。UE4のどの機能を使ってチームが求める内容を実現するか、その選定と的確なレクチャーが作品に貢献していることは間違いなく、チームにとって中村氏が素晴らしいメンターであったこと、また『HoA』というプロジェクトにおけるテクニカル・ディレクター的な立ち回りであったことがうかがわれる。
ゲームシステムの開発に使われたのは、UE4に備わったビジュアルスクリプティングシステム「ブループリント(BluePrint、以下BP)」。プログラマーがコードを書いて実現していたゲーム開発一般をノードベースのUIで行えるようにしたもので、コードを書いてこなかったデザイナーでも学習障壁を大幅に下げられるのは本事例も示す通りだ。
チームリーダーの秋田さんは、「まったくプログラミングができない状態で制作を開始し、BPやAI構築も今回が初めてでした。ネットで調べたりもしますが、それでも分からないことばかりで、自分だけで組むのは難しい状態からのスタートでした」と語る。
中村氏のUE4の授業は、週一回90分×4コマ。先生も学生もへとへとになるボリューム感だが、これによって半期のうちにUE4の概ねの機能を広く体験できる構成になっているそう。ただ、膨大な量の機能を解説するため、授業のなかではBPに触れたのは少々となってしまう。その後は質問ベースで「どうすればいいですか?と来たものを、できる方法を返す(中村氏)」という形式で進められた。
「週1回の中村先生の授業までに、できるだけのことは自分で取り組んで、そのなかでも出てくる『絶対自分だけでは分からないこと』をまとめて、授業で一気に訊くようにしていました。後期の授業は前期の半分のコマ数になったのもあり、なるべく有意義になるよう分からないことを抽出して。次第に、BPやビヘイビアツリーも『このノードとこのノードをつなげばこんな風に動くんだなー』という感覚がなんとなくつかめてきて、制作もどんどん楽しくなりました(秋田さん)」
BPはほぼ秋田さん一人が担当し、順調にスキルを充実させていった。いまでは複雑なものでなければ大抵のものは組めるようになったはずと中村氏も太鼓判を押す。
「おい、顔ゆるみまくり(石井さん)」
「いや……これだけ褒められると (秋田さん)」
「(一同笑)」
というやりとりからもチームの結束や信頼関係がうかがわれるようだった。
悔しいという思いが開発を駆動する
すでに触れたとおり、2017年3月の中村氏のツイートがきっかけとなって注目された『HoA』だが、制作は2016年9月から12月半ばの約3ヶ月の間に行なわれた。秋田さんから提示されたアクションゲームのイメージを共有し作業を開始、キャラクターデザイン、主人公キャラモデリング、モーションを制作して簡単なマップに組み込むまでを約半月で駆け抜けた。
2Dアートの山本さんは、「初動はめちゃくちゃ早かったと思います。モチベーション命、モチベーションが高いうちに動かすところまで行こうと決めて進めました」と語る。山本さんの各種デザイン制作と並行するように秋田さんがモデリングを進行、上がってくるモデルを山本さんが受け取りテクスチャ制作へ移ると、手が空いた秋田さんはそのまま背景アセット制作に取り組んだ。初動はスピーディーだが、配布・販売されているアセットは使用せず、全てチームメンバーが本作用に作り起こしたものだというのは驚きだ。「背景アセットは岩・草・木と結構な数があったと思うんですけど……秋田くんが熱量で一気に揃えてくれました(山本さん)」。
また、レベルデザインについては「サンドボックス的な粗いマップから初めて、とにかく動く状態を確立して、それからアセットを組み合わせて背景を作っていくという、UE4でのレベルデザインにおけるもっともポピュラーな作り方で進めています」と中村氏。大きな背景ジオメトリをひとつ制作して配置する手法とは異なり、スタティックメッシュを分けていればカリングされるためにうまく描画負荷を下げられる、というエンジンの特性を活かした制作フローだ。
制作中盤には学校の中間提出に合わせて、AIや物理設定も組み込み主人公キャラの攻撃で敵キャラが飛ぶレベルを作成。完成に向けてのクオリティアップに突入した。
プランナーの石井さんは開発当時の状況について、「途中就活を挟んだためにしばらく離れていたのですが、その間にできることが減っており、ちょうど残っていたFX、SE作業に取り組みました。FXはインフィニティブレードのアセットを、SEはweb上で配布されているものを使用しています」と話す。同様に2Dの山本さんは「デザイン作業、テクスチャ作業もひと段落したため、なにかプラスワンになるものはと考えてスタート画面の蝶々エフェクトを作成しました。授業でカスケードを教わっていたので、さらにネット上の情報で勉強しつつ取り組みました。最終的には秋田くんが発光させてくれて、印象的な仕上がりになりました」と伝え、開発の空き時間が『HoA』のクオリティアップに繋がったことを伺わせた。
キャラモデルが上がってくると、山本さんのテクスチャ制作と並行して、モーションを担当した鈴木さんはリギングを施してモーションを作成。「主人公のシエテはボタン連打でコンボ技を発生させますが、その技を順次組み込んでいってもらい、最後まで繋がった状態を見たときは本当にテンションが上がりました」と熱く語る。また、各キャラに独自のキャラ性を設定して取り組んだとのこと。「たとえばゴブリンはザコキャラクターとして定番で、弱くて群れるイメージがあります。そこでゴブリンのアイドルモーションでは、仲間を確認するようにキョロキョロと辺りを見回す挙動を勝手に入れたりしました。また上位のザコキャラであるゴブリン・シャーマンは、いやらしい顔つきのデザインなので、それが感じられるようなモーションになるよう気を遣いました」。
ちなみにこのゴブリン・シャーマンはキャラクターの中でも最後に制作されたアセットで、全員の経験値が充実した状態でもっともクオリティの高い“愛されアセット”となっているそうだ。「シャーマンと比べると……主人公への愛が足りないね(秋田さん)」「シャーマン一番愛してるからな(山本さん)」。
ここまで見てきたように、『HoA』は秋田さんを中心とするチームメイトの多大な熱量によって、高いクオリティで完成に至ることができた。そのモチベーションの源泉はなんだろうか。
秋田さんは「HoAより前に、もともと東京ゲームショー向けに作品を作っていました。そこでの手応えから、もっとしっかり取り組めばより良いものが作れるという確信がありました」と説明する同時に、TGS作品を別の角度から振り返る。「TGSに出した作品では、不完全燃焼だとも感じました。こんなもの出したくない、と思うレベルだと思います。キャラが動くだけの、ゲームというのはおこがましいもので、めちゃくちゃ悔しかった。もっとできるだろ!と湧き上がるものがありました(秋田さん)」。その思いは石井さんも共有する。「TGSの成果物を経て、もやもやするものが残りました。悔しかったです」。
ただ熱量があるだけでは、3ヶ月に及ぶチーム制作をモチベーションを保ったまま乗り切ることは難しい。チームのもやもやに、秋田さんが「これが作りたい!」という案を燃料として投下したのだった。
途中、作品の方向性がブレそうになることもあったという。あるいはモーションのリアリティについて各人の抱いている方向性がずれていることが発覚し、ゲームの完成イメージが揺らいだ。
「ブレそうになる時期もあったんですが、そんな時には、TGS向け作品を一回乗り越えているという経験が如実に活きました。一度チーム制作を終えて、新しいことをチームで始めるときの心構えを学びました。始めは熱くてもだんだん冷めていく感覚を体験していたんです(石井さん)」
「だから、早い段階でとにかく土台になるものを作って、ここから外れると作品がブレちゃうというのを確認できるようにして。これはできる、これはできないとジャッジしていったような気がします(鈴木さん)」
直前のTGS作品での失敗の経験が、『HoA』の制作を後押ししたに違いない。
こうして完成した『HoA』は、学生作品として注目を集めるに値する完成度を誇るが、作品を振り返ると改善点に気づくこともあるようだ。
「モバイルゲーム、ソーシャルゲームのように、開始時にチュートリアルを入れたかったですね。また、キャラクターがダメージを受けたときにノックバックがないので、ダメージを受けたことをプレイヤーが気づきにくい。反応を組み込めたらよかったと思います。やりたいことはいっぱいあるんですが、そこをちゃんとやろうと思うとやっぱりプログラマーが必要、デザイナーだけではきつい部分があります(秋田さん)」
「いまは、UIにはウィジェットを使っているんですが、もっとリッチなUIを組み込みたかった。そのためにはBPを学ぶ必要があります。それ以外にも細かく情報量を増やしたりユーザビリティを改善したりしたかったですね。また、蝶々だけでなくFX制作は今後も習熟していきたいです(山本さん)」
「モーションのつながりをもっと凝れたらよかったですね。コンボの切れ目がスパっと終わってしまっているので、そのあとにつながるようなモーションをいれれたらよかった。そういうところも、今回のチームでは追加しようと思ったら全部秋田くんに負担が行ってしまうため、悩ましいところでした(鈴木さん)」
「PS4のケースなどパッケージや商品展開みたいなのができたらよかったんですが……また、オープニングをシーケンサーで作っていたんですが、組み込めないままになっています。今回FXやSEはありものを使いましたが、このあたりも自作できるようになると表現力の幅が広がりそうだと思いました(石井さん)」
メンバーそれぞれに、完成したことによる新たな課題を得ている点がまた頼もしい。現在チームあきたは大阪デザイナー専門学校の卒業式を終え、全員がゲーム業界への就職を決めている。現場に出た彼らが、今後多くのゲームタイトルを支えていくと考えると胸が踊る。将来のチームあきた、または将来の『HoA』に期待したい。
[執筆・取材 ks]
[撮影 大阪デザイナー専門学校 宇野智浩先生]