Valveの新VRデバイス「Steam Frame」は、注目されるべきデバイスだ。VRじゃない部分に秘めた革命的な機能
実はSteam FrameはVRじゃない部分にビックリする機能が搭載された、Valveの野望がほとばしるマシンなのだ。

2025年11月13日にSteamの運営元Valveが発表した新ハードウェア。そのうちのひとつがVRデバイス「Steam Frame」だ。2019年に「Valve Index」が発売されてから実に7年ぶりの新VRマシンである。一方で、実はSteam FrameはVRじゃない部分にビックリする機能が搭載された、Valveの野望がほとばしるマシンなのだ。もしかしたら将来的に「スマホでSteamが動く」や「Steamでモバイルゲームも遊べる」が実現するかもしれない。ValveがSteam Frameに搭載した技術基盤を紐解いていこう。
筆者は前回「SteamMachine」の考察記事を書いたので、そちらも読まれたし。とはいえ、本記事でも前提が共通する部分は多いので、必要な箇所は同じ説明を挟んでいく。
そもそもSteam Frameってなに?
Steam Frameは、Valveが2026年初頭に発売予定のVRヘッドセット(価格未定)だ。キャッチフレーズは「あなたのゲームをあらゆる次元で」。キャッチフレーズの下に「Steamライブラリを楽しむための快適で軽量なワイヤレスVR」とあるように、“非VRゲームもプレイすることができるVRデバイス”というのが他のVRヘッドセットにはない独自のセールスポイントとなっている。
「VRデバイスでVRじゃないものが動く」のがVRデバイスのアピールポイントだというのはあまり前例がない。が、Valveがこんなアピールをする理由としては、VRゲームを遊ぶだけならMeta Questが一番安価で普及しているハードからだという身もふたもない現状がある。Steamは専用のハードがなくともさまざまなデバイスを使えるため、すでにVR普及機となっているMeta Quest、あるいは日本のVRChat特需と相性のよいPICOをSteamのVRで利用できる。となると、Steam運営のValve謹製VRデバイスのユニーク性として「Steamの既存ライブラリ」を推すのは自然な流れではある。

この記事はSteam FrameのVRデバイスとしての詳細を掘り下げることは目的ではないが、ざっと以下にSteam Frameの用途を述べる。これらのうち、Steam Frame本体で動かすコンテンツが重要な話なのだ(ゲーミングPCで動かすゲーム・VRゲームをプレイすることに技術的な目新しさはないため)。
・ゲーミングPCで動かすVRゲーム
・ゲーミングPCで動かす非VRゲーム
・Steam Frame本体で動かすVRゲーム(Windows, Android)
・Steam Frame本体で動かす非VRゲーム
Steam Frameに入っているコンピュータはPCじゃない
Steam Frameの中身の前に、Valveの携帯ゲーミングPCこと「Steam Deck」について振り返ろう。Valveが2022年にリリースしたSteam Deckは、携帯ゲーム機の筐体の中にPCのパーツが入っているのでPCゲームが動く。ただし、Steam DeckはOSには独自LinuxのSteamOSを搭載していて、一般的なゲーマーが用いるWindowsではない。ValveがLinuxOSを採用する理由はいろいろあるが、もっとも大きい理由は「Windowsに依存しないエコシステムを作りたい」というValveの生存戦略だ。
もちろんWindows用に作られたPCゲームはそのままだとLinuxで動かないので、ただLinuxOSを搭載したゲーミングマシンを作っても動くソフトがない無用の長物になってしまう。そこで、Valveは「ゲーム開発者が対応しなくてもWindows用のPCゲームが自動的にLinuxで動くようになる仕組み」として”Proton”というレイヤーを開発した。これがSteam Deckの技術的な概要。逆にいえば、Steam DeckはOSがLinux(SteamOS)であるという点以外は、ハードウェア的にはPCと変わらない。
そうなると「じゃあSteam FrameはSteamOSが入ってるんだし、要はVRヘッドセットの形をしたSteam Deckなんでしょ?」と思うかもしれない。しかし、Steam Frameは“スマートフォン用のコンピュータ”が入っている。つまり、PCではないのでそのままではPCゲームは動かない。とはいえ先述のようにSteam Frameはヘッドセット単体でPCゲームをプレイすることが可能、つまりSteam FrameはスマホのコンピュータでPCゲームを動かしている。
ValveはすでにSteam Deckという資産を持っているのに、なぜわざわざSteam Frameをスマートフォンのコンピュータで動かしているのか。理由は実にシンプルで「それがVRヘッドセットの業界標準だから」に尽きる。Meta QuestにしろPICOにしろ、ほとんどのスタンドアロン型(ヘッドセット単体で動く)VRヘッドセットに搭載される中身にスマートフォン用のコンピュータとAndroidOSだ。
ただし、Steam Frameが搭載するOSはAndroidOSではなくSteamOSである。またMetaQuestほかVRヘッドセットはスマートフォン用のコンピュータをVR用にカスタマイズしたもの(Snapdragon XRシリーズ)が搭載されている。一方でSteam Frameはスマートフォン用のコンピュータ(Snapdragon 8 Gen3)がそのまま搭載されているという違いがある。
PCとスマホの垣根をこえる
大前提として、PCとスマートフォンでは使われるCPUの種類がそもそも違うし、ふつうPCのために作られたプログラムはスマートフォンでは動かない。逆もしかり。PCはx86、スマホはArmと呼ばれるアーキテクチャのコンピュータが入っていることが多く、x86は複雑なことが得意なかわりに発熱が多め、Armはシンプルさに特化するかわりに省電力性が高い。身近な例でいえば、PlayStation 5とXbox Series X|Sはx86、Nintendo SwitchおよびSwitch 2はArmが搭載されている。
しかし、2020年にAppleがMacのArmへの移行を大々的に発表し、Macbookの抜きん出た省電力化、小型化、高性能化によって「MacだけじゃなくてPCもArmに移行した方がいいんじゃないのか!?」というムーブメントがPC業界に起きる。とはいえ、一筋縄ではいかない。Microsoftは2020年以降から自社PCブランド「Surface」シリーズのアーキテクチャをx86からArmにすこしずつ入れ替えているのだが、それに気が付かず買ったユーザーが「これまで使っていたソフト(ゲーム)が動かなくなった!」というトラブルに遭遇する事例が後を絶たない。Microsoftはx86のソフトをArmで動かすためのレイヤー「Prism」の開発、アップデートを継続しているが、それでも対応が追いついていないのが現状だ。
そして、Microsoftにおける「Prism」に相当するのが、Steam Frameの「Fex」だ。FexはオープンソースのプロジェクトであってValveのプロダクトではないが、Valve社が支援してSteam Frameにいち早く採用している。つまり、ARM版Windowsでは、x86用のソフトをPrismでArm用に変換するが、ARM版SteamOSでは、x86用のWindowsのソフトをx86用のSteamOS用に変換してから、それをさらにARM版SteamOS用に変換しているのだ。
Steam Frame初報トレイラーではSteam Frame本体で『HADES 2』をプレイする様子が公開されている。現状これ以上の情報はないので推測するしかないが、Steam Frameに搭載されたコンピュータの性能を鑑みるに、Steam Deckで動かせる処理負荷の軽めなゲームはSteam Frameでも動かせそうだ。
Androidのソフトも動かせるSteam Frame

Steam FrameはAndroidのソフトを動かせる互換レイヤー「Lepton」が搭載される。これはSteamの奇策というよりもより現実的な理由がある。いまのVRゲーム市場はMeta Questが最多数派となっていて、Meta QuestはAndroid OSで動作しているからだ。現在人気のVRゲームはMeta QuestのみリリースされていてPC(Steam)でリリースされないケースも多い。そういったタイトルを誘致しようとなると、Android OSで動作するMeta Questのソフトをほぼそのまま動かせるようにすることで移植のハードルを低くするのは理にかなっている。
これにより副次的に発生するのが、SteamでAndroid OSのソフトが販売されることだ。基本的にSteamはPCゲームをプレイするためのプラットフォームであり、Androidをはじめとしたモバイル向けゲームの移植作はまだまだ少ない。このSteamのAndroid互換機能が将来的に拡充すれば、Androidをはじめとしたモバイル向けゲームを開発してきた開発者が今まで以上にSteamに参入しやすくなるかもしれない。
Steam OSはスマ-トフォンに活路を見出すか
このため、Steam Frameには「PCゲームをスマートフォン(のコンピュータ)で動かす」「スマートフォンのゲームをSteamOSで動かす」という二つのPCゲームとスマートフォンの架け橋となる機能が搭載されている。特に大きな影響が出そうなのは前者で、まっさきに考えられるのが「次世代Steam Deckのスリム化、小型化」という可能性だ。
Steam Deckを触ったことのある方ならわかるかもしれないが、Steam Deckはかなり大きい。人間工学的な設計のため扱いづらいと感じることはないが、それでもNintendo Switch 2と比べて厚くて大きいことは否めない(そもそもNintendo Switch 2そのものがNintendo Switch初代と比べて巨大化しているし)。将来的にSteam Frameを通してPCゲームをスマートフォンのコンピュータで動かすためのノウハウがValveに蓄積されれば、Steam Deckよりも携帯性に優れた新しい携帯ゲーミングPCが出てくる可能性はあるだろう。また、Valve以外のメーカーからの携帯ゲーミングPCへの参入もしやすくなるかもしれない。
Steam Deckの成功をうけて対抗馬となる携帯ゲーミングPCが大手PCメーカーからさまざま出てきたが、それらのほとんどはWindowsOSを搭載したもので、Valveが公式にサポートしたSteam Deck以外のSteamOS搭載マシンはLenovoの「Legion Go S」廉価モデルのみ(Valve公式ドキュメントより)。しかも携帯ゲーミングPC向けのチップが提供されているのは、ほとんど大手PCメーカーのみで、それ以外のメーカーの選択肢の幅が狭くなっている。
そこで、Steamをスマートフォンのコンピュータで動かす技術が発達すればこれまでスマートフォンやAndroid端末を中心に手がけていたメーカーが携帯ゲーミングPCに参入しやすくなる。実際、Android OSを携帯ゲーム機としてカスタマイズした端末は中華メーカーから多数出ており、そうしたゲーミングスマホをSteamOSに入れ替えるとか、あるいはAndroidOSとSteamOSがどちらも動くようにするとか、なんならユーザーが手持ちのAdnroidスマートフォンにSteamOSを入れてみるとか、やりようはいろいろあるはず。

二歩目はSteam FrameとSteam Machineから
とはいえ、筆者がここまでに触れていないことがある。AndroidスマートフォンでSteamを動かす手段はすでに存在するのだ。代表的な例としては、GameHubと呼ばれるアプリをAndroidスマートフォンにインストールするとSteamのゲームを動かせるようになる。ただし、スマートフォンのGPUとの相性問題があったり、そもそも性能が足りずに動かないことが多い。
それでも、あくまでValveおよびSteamが公式で挑戦することに意義がある。携帯ゲーミングPCそのものは2010年代半ばから市場として存在していたが、単なるガジェットマニア向けのニッチ市場という扱いを抜け出したのは間違いなくSteam Deckが存在、リリースされたからだ。Valveが真正面から取り組んで製品やサービスを公開することで今後さらに価値観や認知が変わるコンピュータの市場は出てくるかもしれない。
今現在、AI企業によるRAM需要増加によるPCゲームおよび家庭用ゲーム機、スマートフォンなどコンピュータ全般に渡るRAM価格ショックが現在波乱を呼んでいる。まずはSteam FrameとSteam Machineが無事にリリースされることを祈ろう。
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