人気ゲームスタジオ、ある声優により「スタジオに声をAI利用される」との懸念を示され波紋を広げる。スタジオは断固否定しつつも契約書を改訂
声優のHenry Schrader氏が現地時間8月17日におこなった投稿が波紋を広げている。同氏はHi-Rez Studiosが声優と交わす契約書において、「収録された音声をAIによる合成・複製に使用される」ことに同意させられる懸念があると主張。これが大きな注目を集めることとなり、スタジオ側はそうした懸念はないと反論しつつも、契約書面から懸念の寄せられた条項を削除する対応がとられることとなった。
Hi-Rez Studiosはアメリカ・アトランタに拠点をおくデベロッパー。基本プレイ無料の人気MOBA『SMITE』やヒーローシューター『Paladins』など、スタジオが設立された2005年以来長きにわたってゲーム開発に携わってきた。
事態の発端となったのは、Henry Schrader氏がX(旧Twitter)上でおこなったポストだ。投稿された内容は同氏の知人の声優からの証言に基づくとみられ、Hi-Rez Studiosの契約書内には収録した音声をAIによる合成・複製に利用するといった旨の文言が含まれているとしている。
続くポストでSchrader氏は、知人声優が事前の契約書の内容確認、および収録音声に対するAI利用を防ぐ文言の追加をスタジオ側に求めたところ、Hi-Rez StudiosからはNDA(秘密保持契約書)へのサインを求められたことを伝えた。そうした知人声優からの証言をもとに同氏は、一度NDAにサインした声優は契約書の詳細を口外できなくなるため、こうした契約手続きの存在を基本的にはほかの声優に知らせることもできなくなるといった懸念を述べている。同氏は一連の情報を同業者である声優間に周知することを目的として、こうした投稿をおこなったそうだ。
このポストを見た海外メディアGameRadar+のライターJordan Gerblick氏は、Schrader氏へリプライでの接触を試みた。そこへ突然、渦中のHi-Rez StudiosのCEOであるStewart Chisam氏があらわれ、Shrader氏の報告は「でたらめである」として反論し、契約書の記述と思われる画像を投稿した。画像にはHi-Rez Studios(Client)は声優(Talent)の音声などをデジタル合成/複製に使用する権利を有しないといった内容が記載されている。Shrader氏の主張とは正反対の内容だ。ただし画像には“続き”があるように見える。
Chisam氏はその後、契約書の全文であるとして、先述の文章の“続き”が含まれた画像を投稿。そこには先の文章に続くかたちで、声優が死亡または能力を喪失し、予見可能な期間内の(at any foreseeable time)出演ができなくなった場合、スタジオは収録された声優の音声などを用いた合成音声などを作成できるといった内容が記載されている。
Shrader氏が当初投じていた「知人声優からの報告」が契約書におけるこうした記載を指していたのかは定かではない。ただShrader氏はこの条文を引用し、「(声優が)能力を喪失して予見可能な期間内の出演ができなくなった場合」という文言は解釈の余地が広いといった持論を展開。たとえばインフルエンザにかかっただけでも、その文言が適用される可能性があるとの見方を述べ、懸念を示している。一方でこうした解釈はすべてShrader氏の見解である点には留意したい。
対するChisam氏はGamesRadar+からのインタビューに応じ、そうした指摘に反論している。まず同氏は、「声優が死亡または能力を喪失した場合」に関する条文について説明。Hi-Rez Studiosにとってそうした条文は重要なものではなく、使用できる事例は非常に少ないのでその権利を行使することもないだろうと語っている。続けてChisam氏は、今回問題視されることとなった一連の条文は、スタジオの弁護士があらかじめ多岐にわたる不測の事態を考慮したため加えられたのだろうとの推察を述べている。またChisam氏はTwitter上でも同様の声明を投じている。同氏は契約書の作成時も今もそうした条文に問題はないとの考えを述べつつも、該当部分を削除することを表明。その後、Chisam氏は「声優が死亡または能力を喪失した場合」の条文を削除した文書を、新たな契約書としてXアカウント上で投稿している。今後Hi-Rez Studiosにてこの契約書が利用されるのであれば、少なくとも声優が収録した音声がAIによる合成・複製に使用される懸念は小さくなりそうだ。
今日ではAI技術の目覚ましい発展により、さまざまな分野で学習データをもとにしたコンテンツ生成が可能となっている。一方で米国では、ハリウッド俳優らも所属する労働組合「映画俳優組合-米国テレビ・ラジオ芸能人組合(SAG-AFTRA)」が7月14日からストライキに突入。これは、同連盟と「全米映画テレビ制作者協会(AMPTP)」との交渉が決裂したためで、本件同様にAI技術の利用も争点のひとつとなっている。声や画像をAIによる生成に利用されうる点については声優だけでなく俳優業界全体で大きな懸念が渦巻いており、今後の動向が注目される。