Evolutionすら手玉に取る「チーム」と、その黒い噂
私たち日本人は「海外」という広範囲を指す言葉を使っておきながら、実際はアメリカただ一国だけを指してしまうということがしばしばある。正確を期すため「アメリカ」と書いたところで、これも日本の26倍もの広範囲を指すことになり、具体性に欠く。本稿では、ニューヨーク州およびネバダ州に触れていくが、日本にいながらにしてアメリカ東海岸と西部の距離感をつかむのも簡単ではない。しかし推測できることもある。距離があるということはそれだけ移動にカネがかかるという厳然たる事実だ。
Evolution(通称Evo)といえば、アメリカ最大の格闘ゲームの大会なのだから、アメリカじゅうからプロ・アマ問わず格ゲーマーが集まるイメージがあるかもしれない。しかし、現実的にはそうでもないというであろうという可能性に先ほどわたしたちは思い至った。会場のあるラスベガスまでは国内便の航空機で移動するのだし、滞在中はホテル暮らしで出費はかさむ。さらに大会のあいだ、勤め人はずっと仕事を休まなければならない。法による有給休暇の保証が存在しない国であるにも関わらずだ。
こういった問題をクリアするためにプロやスポンサーといった制度があり、アメリカはそういった部分で進歩しているのだろうと思いがちだ。確かにそういった団体もあるが、そうでない団体もあるようだ。われわれのように日本にいると逆に見えづらい、「そうでない団体」について、今回あえて目を向けてみよう。
Empire Arcadiaなる「チーム」
「われわれはスポンサーではなく、チームだ」との主張のもと、所属選手たちへの資金提供をまともに行わない団体。それは、ニューヨークを根城とするEmpire Arcadia、通称EMPだ。Dieminion、Yipes、Mew2KingにArmadaと、多くの分野でのスター・プレイヤーが所属しており、「最も多くの大会を勝ったゲーミング・チーム」として、ギネスにも認定されている。
それだけの歴史と規模を有するチームだというのに、ボスであるTriforceは、給料を選手たちに支払っていないとされている。そして、先ほどから問題にしているような、選手を各地の大会へと送り出すための資金提供も渋り続けているのだ。昨年はDieminionがEvoへ行くための費用をファンからのカンパに頼り、今年は『インジャスティス』のタイトルホルダーであるKDZがEvoに行けないという事態に陥っている。にもかかわらず、選手が大会で獲得した賞金のうち、20%はEMPが受け取っている。
おかげでTriforceはお金に困らず、やりたい放題。そんな内部事情を暴露した元EMP所属Tampa Bisonが「告発文を削除しなければ名誉毀損で告訴する」とTriforceに脅される騒ぎまで発生した。この件そのものは、法曹家であるUltraDavidの助け舟が入ったこともあり、大きな騒ぎにまでは発展しなかったものの、同時にTriforceへの大衆からの非難も収まってしまった。資金力を盾に恫喝訴訟を起こされてはたまらない。しかし、コミュニティの怒りのエネルギーは、もう少し建設的な方向へと向かうことになった。
まず、Tampa Bisonが告発の場として選んだ掲示板、「/r/Kappa」のユーザーたち、すなわちStream Monster(日本語でいうところの「動画勢」のようなもの)と呼ばれる人々が発起し、Tシャツの販売を介したカンパをはじめた。Jamese ChenやRicky Ortizといった広く人望のあるFighting Game Communityのメンバーたちもこれに共感し、配信やSNSで参加を呼びかけた。東海岸を支配するTriforceへの抗議として、われわれみんながTampa Bisonのスポンサーになってやろうぜ、というわけである。
この運動はまたたく間に3000ドル以上の寄付を集め、Tampa Bisonのみならず、合計3人ものプレイヤーを今年のEvoへ送るための資金となった。彼ら/r/Kappaの次の目標は、EMPよりも多くの人員をEvoに送ることだという。自発性と反骨精神から生まれたこの運動と成果には、Markmanも感銘を受け、来年はぜひEMPより多くの人材をEvoへ送ってほしいとの言葉を彼らに寄せた。
Evoが"人質"に
しかし、これをTriforceは逆手に取った。顔に泥を塗られたと怒ったり恥じたりするどころか、その手があったとでもいわんばかりに、EMPのメンバーであるKDZとSanford KellyをEvoに送るという名目でカンパの募集をはじめたのだ。Dieminionとの数か月にわたるフランス滞在やジャマイカ旅行など、Triforceがお金を湯水のように使った暮らしをしていることは周知されており、誰も共感しない。そもそも、EMPが選手をEvoに送るのにカンパを頼るのは、去年もあったこと。そこからまったく進歩していないのだ。
その昨年のカンパを受け取った当事者、Dieminionは今、どんな気分なのか。誠実な彼のことだから、フランス滞在のこともあわせてきっと神妙にしているに違いない、などと考えながらTwitterをのぞくと、とんでもない宣言がそこにはあった。「もし今回、カンパが集まらずSanfordが参加できないのであれば、自分はEvoのエキシビションをボイコットする」というのだ。Triforceにはあきれるばかりだった人々も、Evoのエキシビション企画を人質にとるDieminionには驚かされた。お前、そっち側だったのか……。
Evoのエキシビションとは、NLBC vs. WNF。すなわち、アメリカ東西の精鋭によって行われる、5 on 5である。ひとりやふたりがラスベガスに行くために大騒ぎをしているという実態がありながら、やろうとしているのは合計10人のかかわるチーム戦だ。アジアに押され気味なEvoの『ストリートファイターIV』シリーズの分野においては、待ち望まれたアメリカによるアメリカのための企画である。期待が集まらないはずがない。
「海外」を俯瞰して
数々の実績を持つDieminionが不在となった場合、チームNLBCは東海岸のベストメンバーとはいえなくなってしまう。Evoの目玉イベントは、開始前にとんだ冷水を浴びせられてしまった。さて、SanfordはEvoに現れるのか。それが無理だった場合、Dieminionは本当に企画をボイコットするのか。結果はEvoをご覧になって確かめていただきたい。
われわれは、アメリカをふくむ海外に大きな夢をいだく。それらの言葉に過剰に大きな意味を持たせてしまう。ゲーマーの雑談の中で「海外」や「アメリカ」といった言葉が使われた時、それらは「プロ・ゲーミングの分野での先進国」という意味を持つことがある。ある面においては、そうなのだろう。しかし、そうでない面をあわせ持つ可能性についても、留意しておきたい。