『原神』の“八重神子騒動”は何が問題だったのか。二転三転を経て巻き戻しになったトラブルの論点

『原神』の“八重神子騒動”は何が問題だったのかを、改めて整理。経緯をたどりつつ、その問題について考えたい。

HoYoverseは4月2日、『原神』のキャラクター八重神子の一部仕様を以前の状態に戻すと発表した。2月に実装された八重神子のスキルは3月に修正され、そして4月になりふたたび修正前の状態に巻き戻し。賛否両論を巻き起こしながらも、元通りになったわけである。

本記事では騒動の経緯をたどりながら、なぜ大きな騒ぎとなったのか、その理由についてファンたちの反応を手がかりに考えてみたい。なお、コミュニティの反応についての記述は、筆者の観測範囲内で観察されたものに限られていることをあらかじめ断っておく。

なぜ八重神子の調整は批判されたのか

騒ぎの対象となった「浮世笑百姿・八重神子(雷)」は、期間限定の祈願(いわゆるガチャ)でのみ入手可能。つまりほとんどの人にとっては手に入れるために「課金」が必須となる高レアリティ(星5)キャラクターであり、ver2.5(2022年2月16日アップデート)でプレイアブル実装された。戦闘中は3つまで置ける設置物から断続的に雷ダメージを敵に与え続ける元素スキル「野干役呪・殺生櫻」(以下、殺生櫻)を中心に立ち回る、ややサポート寄りの性能となっている。正式実装時から「殺生櫻」は「範囲内の敵をランダムに攻撃する」という挙動を取っており、ユーザーからもそのような性能のスキルであると認識されてきた。

しかし、ver2.6へのアップデート(2022年3月30日)に伴い、突如この挙動は不具合であったため修正したというアナウンスがHoYoverseからなされた。公式の説明によれば、「殺生櫻」は「敵を優先して狙うよう索敵ロジック」を組んでいたが、実際の挙動は狙った通りになっておらず、ver2.6で新たに「近距離を優先にする」ロジックを追加することでネガティブな体験がある程度改善されたということである。


当初、この変更に対してユーザーコミュニティ内では、スキルをヒットさせる対象を固定させやすく単体への大ダメージが見込めるようになるためバフ(強化)とする意見も少なからずあり、ナーフ(弱体化)であるとする意見とで割れていた。しかし、すぐにナーフであるという意見が目立つようになり、大きな騒ぎへと発展していった。

わずかにも思えるスキル性能の変更が、なぜここまで批判されたのであろうか。その理由を挙げてみよう。

変更でもっとも問題とされたのは、ランダム攻撃のメリットが失われたことである。『原神』では、プレイヤーひとりに対して複数体の敵が襲ってくる局面が多い。敵の中に弓矢や魔法などの遠距離攻撃をおこなうものが混じっていると、近距離の敵をさばいている間に遠くから狙い撃ちにされてしまう。遠距離の敵に自動的に排除してくれるランダム攻撃は乱戦において便利であったため、近距離固定という仕様変更に反発する意見が出たのである。


もうひとつの大きな批判点は、盾を装備した敵がいる場合にスキルが無効化されてしまうことである。ヒルチャール暴徒・木盾などの盾を持っている敵は、攻撃を受け止め、一定のダメージを吸収して無効化する。設置された「殺生櫻」から一番近い敵が盾持ちの場合、攻撃すべてが盾で防がれてしまうことになる。これはランダムでは起きない現象であり、ゆえにナーフであるという主張がなされた。

主な批判は上記の二点に絞られるが、元素付着クールタイムと呼ばれる仕様の存在も時折指摘されていた。『原神』では元素攻撃により敵に元素付着が起き、さらに異なる元素が付着することでさまざまな効果を持つ元素反応が起きる。ゲーム内で明確な説明がないものの、元素付着は敵一体に対して短時間で連続して起こすことができないことが知られている。つまり、敵一体に連続して雷で攻撃するver2.6より、ランダムで多くの敵に雷元素を付着させるver2.5の方が元素反応の効率がよい可能性があるため、変更はナーフであるという主張である。
【UPDATE 2022/4/6 19:50】
デバフとしていた表現をナーフへと差し替え

たしかに火種は存在したが

そもそも八重神子の戦闘性能は、実装直後から評価がかんばしくなかった。サポート性能としては低レアリティ(星4)キャラクターであるフィッシュルに似ており、主力武器である元素スキルは発動時にややゆっくりとした動きを伴う。十分な強さはあるものの、高評価されやすい瞬間的に高火力を出せるキャラではなく、ほかで代替できないほど強力なサポート特性を持つわけでもないため、特にダメージ効率を求める層にはあまり歓迎されていない節があった。

実はver.1.1の時にも、実装前から人気だった錘離が実装されたものの、性能が低いとユーザーたちが感じたことで批判が集まっていた。結果として錘離は大幅な強化を受けることとなったため、この成功体験が八重神子への不満の声を目立たせていた理由でもあるだろう。

しかし、今回のケースでは大きな騒動にまで至ったのは八重神子の実装から一か月以上が経過してからの話であり、錘離の時とは少々事情が異なっている。というより、「実装から一ヶ月も経過してから、突如変更がなされた」こと自体が問題視されているのである。

最大の理由は「運営への疑念」

上に挙げた理由の数々は、変更後のスキル性能への批判であるが、そもそも今回の変更に到るまでの「運営の情報提示の仕方や態度」がユーザーたちに疑念を抱かせるものであったことが、「騒動」にまで至った最大の理由であるように見える。

公式の説明では、あくまで“不具合”の修正、ということであるが、額面通り受け取ったとしても、実装から約一か月もの間不具合をユーザーに報告しないままであったということになる。わざわざネガティブ体験の改善を確認していることからも、不具合はver2.5の早い段階ですでに認識されていたはずであり、それを知らせなかったことは不誠実だと取られるだろう。運営もそのことは承知であり、通常であれば不具合はすぐにユーザーにアナウンスされるため、今回のケースはやはり不自然に見えてしまう。

この不自然な“不具合”という表現によって、ユーザーたちの間に「公式の説明は、課金ガチャ排出キャラを修正することを問題化させないためのレトリックに過ぎないのでは」という疑いが生まれることとなった。これまで起きたガチャキャラの変更をめぐる事例では、ユーザーに「優良誤認」させて課金を促したことが「景品表示法」に抵触するのでは、という法律に関わる議論に発展することが多く、その議論が正確か否かとは無関係に、ネット上にネガティブな言説が広く拡散されてしまうのが通例であった。八重神子を不具合として修正したのは、このような事態に陥るのを嫌ったため、つまりユーザーへの真摯な説明というより保身のための表現にすぎないのではないか、という疑念がコミュニティ内で共有されていったのである。

この主張は、ガチャで一般的なもうひとつのシステム「凸効果」からも根拠づけがなされていった。凸とは、手持ちと重複するキャラやアイテムがガチャで排出された場合、能力値アップや性能変化など、ユーザーに有利な特性が追加されるシステムの通称であり、原神では「命ノ星座」という項目名で用意されている。


八重神子は「2凸」、つまり同じキャラを3回引いた場合に解放可能になる能力「望月之吼噦」が、元素スキルの火力アップに加えて「攻撃範囲+60%」と設定されている。この追加特性は、「遠くに陣取って遠距離攻撃を仕掛けてくる敵にもダメージを与えられる」という、ランダムヒットを前提にした強化として意図されたものである、と受け取られてきた。“不具合修正後”となるver2.6の元素スキルの挙動では、遠距離に単体の敵がいる場合にのみ有効な強化となり、ランダム性とのシナジーの良さと比べてかなり見劣りする。それゆえ、「元々2凸はランダムが前提で用意されており、ver2.5は不具合という説明と整合性が取れない」というロジックが組み立てられ、公式の説明への疑いが説得力を持つこととなったのである。

多様な「面白さ」の裏返し

出来事の表側だけを見れば、課金にかかわる要素への重大な変更をぞんざいにおこなったためにユーザーの不興を買ったという、ガチャをめぐる問題ではよくあるパターンのひとつであると言えるだろう。しかし、そもそもなぜ運営元であるHoYoverseは、拙速とも取れるキャラ調整を実施したのだろうか。この疑問をたどってみると、『原神』というゲームタイトルが人気であり続けている理由である、その面白さに深く根ざした課題が見えてくる。


『原神』はシームレスにつながった広い世界を冒険する、いわゆる「オープンワールド」のゲームである。プレイヤーはメインストーリーに沿いつつ世界を好きに歩きまわる事ができ、キャラクターを成長させたり、ダンジョンに潜って謎を問いたりと、さまざまな「遊び」を体験することができる。そして、ガチャで手に入れたお気に入りのキャラクターを動かしたり、その声を聞いたりすることもまたひとつの「遊び」であり、『原神』の「面白さ」を構成している。広大なフィールドとたくさんのダンジョンやギミック、個性的で魅力的なキャラクターやストーリー、そしてキャラの能力を組み合わせての戦闘が生み出す爽快さなど、多様な面白さをテイワット大陸という仮想世界に詰め込み続けることで成り立っているサービスが『原神』なのである。

ただし、この面白さの多様性は、あくまでゲームシステムの制限の中で展開されているものである。たとえば、フィールドやイベントに登場するパズルやギミックの多くには元素システムが利用されており、元素スキルを使って解くことが求められる。つまり、キャラクターのスキルというシステムを戦闘専用とせず、ほかの遊びにも応用しているのである。いうなればシステムの多義性が存在しているわけだが、この多義性は面白さの多様性を生み出す一方で、「戦闘」「探索」「パズル解き」などの異なる状況が混在する複雑なシーンでは、混乱したりうまく操作できないといったユーザーの不満にもつながっている。

もうひとつの制限は、幅広いハードに対応する自由度ゆえに必要となった動作の制御である。『原神』はPC、PS4、そしてスマートフォン/タブレットまで対応しており、同時に入力デバイスも、パッド・キーボード・タッチパネルと多様な選択肢が存在する。制御の難しいオープンワールドで、すべての環境でユーザーが満足のいくようなプレイ体験を共通で提供するには、おそらく細かい挙動をオート化する必要があったのだろう。『原神』ではほかの3Dアクションゲームによくある能動的なターゲットロックではなく、攻撃行動を起こすと自動的に近くの敵を追尾するようになっている。


オートターゲットは、ユーザーに快適なゲームプレイを提供することに概ね成功してきた一方で、上述のシステムの多義性と合わさることで、ユーザーのプレイ体験を損ねることも多い要素となっている。よく取り沙汰されるのが、フィールド内に設置された火薬樽などのオブジェクトに攻撃が引きつけられてしまう問題である。オブジェクトは敵より攻撃対象としての優先度が低く設定されており、通常は問題とならないはずであるが、状況によってはプレイヤーの意図しない方向に攻撃やスキルが出てしまっていると感じることがある。これが起きると思うように戦闘ができなかったり、逆にギミックを発動させたい時に誤って敵を攻撃して戦闘になってしまったりするため、フラストレーションがたまる要因となっている。

実は「殺生櫻」の挙動変更は、このシステムの多義性とオートターゲットに起因する問題を解消するために実施されたのではないかという見方もある。ver2.5での「殺生櫻」はランダム攻撃時に火薬樽などのオブジェクトも狙ってしまうことがあり、敵だけを狙うようにするために近距離だけを狙うようにしたのではないか、という推測である。たしかに公式の説明にも「(オブジェクトでなく)敵を優先して」狙うはずだった、と読める部分があり、この解釈には一定の説得力がある。

また、4月2日に発表されたロールバックの公式説明には、“今回の「索敵不明確」の問題を改善することは、ゲーム体験を向上させる重要な要素の一部であり、困難かつ長期的な目標でもあります”とある。これは今回の修正は八重神子だけに留まらない、ゲームシステムの根本の問題解決につなげる意図もあったことを伺わせる記述であり、やはりただの“不具合”ではなかったのではないかと思わせるものとなっている。

「コミュニケーション」の大切さ


結局、八重神子のスキル性能変更は取り消されることとなり、コミュニティ内外に強い負の感情だけが残ることとなってしまった。運営型ゲームが長期的なコンテンツ追加とメンテナンスをおこなうサービスとなった昨今、実装されたキャラの調整は不可避的に起こることであり、ゲームの品質を保つという意味ではユーザーからも歓迎されるべきことである。今回の問題はスキル修正そのものより、ユーザーへの手厚い説明が不足していたことである。まして「索敵不明瞭」という、ユーザーのゲーム体験の根幹にかかわる仕様の問題であれば、なおのこと慎重に修正を進めるべきであったはずだ。
 
なにより、ユーザーの求めるものは「性能」だけではないことを忘れてはならない。八重神子というキャラクターの容姿や声、存在そのものに恋してガチャを回した人からすれば、たとえ運営からであってもその一部に勝手な変更を加えられることは、決して快いことではなかっただろう。ソーシャルゲームは時に、ユーザーにとって「生活の一部」にも等しいものともなる。だからこそ、ユーザーひとりひとりが「自分の声も聞いてもらえている」と感じられるような、丁寧な説明が求められるのである。

Ken Furumi
Ken Furumi

3DCG好きのファミコン世代。ゲームの中で語られる物語と、ゲームの外で繰り広げられる物語がとても好きです。

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