「東方Project」の霧雨魔理沙は“月に行ったことがない?” ゆっくり動画と原作の関係性に悩むファンの神妙な顔
「東方Project」における、ある二次創作動画に対するユーザーの感想が話題になったようだ。Twitterの投稿が注目を集めている。投稿者が視聴した動画は、月について解説するもの。そのパーソナリティを務めるキャラクターの一人が、「東方Project」の霧雨魔理沙だったという。そして動画内で彼女に「魔理沙は月に行ったことある?」との質問が寄せられると、魔理沙は「あるわけないんだぜ」と回答。このやりとりを見て、投稿者は「かなり悲しい顔になってしまった」と伝えている。
同ツイートがどういった状況を示しているか、少しずつ紐解いていこう。まず主題となるのが、「魔理沙は月に行ったことがあるのか」という問いだ。動画内の魔理沙の答えはNO。しかし原作を考慮すると、実はこの回答は間違いである。魔理沙は「東方Project」シリーズ内で、何度か月を訪れているのだ。
まずは、2007年~2010年にかけて小説/漫画で展開した「東方儚月抄」にて。魔理沙は、紅魔館で製作されたロケットに乗り込み、月で綿月姉妹と対峙している。また比較的近年の作品としても、2015年リリースの『東方紺珠伝 ~ Legacy of Lunatic Kingdom.』が挙げられる。同作では月の都を主な舞台として戦いが展開しており、自機キャラクターである魔理沙ももちろん月面での熾烈な死闘を繰り広げている。
つまりこうした背景を踏まえると、投稿者が挙げた動画で魔理沙が「月に行ったことがない」と答えているのは間違いということになる。ともすれば、原作へのリスペクトが足りないとして怒りの声が挙がりそうなところではあるが、投稿者は「悲しい顔」を浮かべるにとどまっている。その背景には、二次創作における複雑な事情が絡まっているようだ。
勘のいい読者はすでに察しているかと思うが、上述の動画に登場している魔理沙はただの霧雨魔理沙ではない。一般的に「ゆっくり魔理沙」と呼称される、二次創作上の派生キャラクターである。「東方Project」登場人物である霧雨魔理沙および、博麗霊夢の首だけを一頭身化したキャラクターで、独特の表情を浮かべた饅頭のようなフォルムが特徴だ。
ゆっくり魔理沙、ゆっくり霊夢の出自は、非常に複雑なプロセスを辿っている。もとはインターネット掲示板にて、アスキーアート制作者であったDプ竹崎氏が、特徴的な顔つきの霧雨魔理沙・博麗霊夢のアスキーアートを作成。それを同人イラストレーターまそ氏がイラスト化し、現在知られる姿となった。その後ニコニコ動画にて、2D格闘ゲームエンジン『MUGEN』にゆっくり魔理沙を参戦させた動画が投稿。このとき魔理沙のボイスとして合成音声ソフトSoftalkが利用されていたため、以降ゆっくりのボイス=Softalkの音声との認識が広まった。
その後、ゆっくり魔理沙・ゆっくり霊夢を活用した三次創作作品が増加。そのなかでも、あるトピックについてゆっくり魔理沙・ゆっくり霊夢が解説をおこなう「ゆっくり解説」なるジャンルが確立した。両キャラクターがさまざまな専門知識について分かりやすく説明するというフォーマットが成立したのだ。こうした動画は、投稿者が自分の声で喋ることなく、自然な対話形式で話を展開させることができるといった利便性から、広く制作されるようになった。
こうした過程を経て、ゆっくり魔理沙・ゆっくり霊夢は「東方Project」とは関係ない話題の動画にまで広く用いられるようになった。そうした状況のなかでは、徐々に両キャラクターは「東方Project」の文脈から離れ、あらゆる解説動画に利用可能な独立したオリジナルキャラクターとしての特性を帯びるようにもなっていった。また、動画内ではゆっくり魔理沙・ゆっくり霊夢のいずれかが解説役、いずれかが聞き役として割り振られることも多い。そのため、片方があるトピックについてよく知らない一般人としての役回りを演ずることもある。Twitterで話題に挙がった動画で魔理沙が「月に行ったことがない」と発言してしまったのには、こうした「ゆっくり」キャラクターとしての複雑な背景があったためであろう。
本件については、「東方Project」ファンから複雑な反応が返ってきている。「ゆっくりキャラクターを使う場合でも、最低限は『東方Project』原作へのリスペクトを維持してほしい」といった声もあれば、「あくまで『東方Project』と『ゆっくり』は別物として扱ってほしい」との意見もある。とくに「ゆっくり解説」ジャンルは、縛りのない使いやすいフォーマットとして動画が隆盛してきただけに、「東方Project」との接点をどれだけ維持するかはファンそれぞれによって難しい位置づけのの問題となっているようだ。
「東方Project」と「ゆっくり」を結びつけるかどうかは人それぞれ。改めてゆっくりなる存在の特異性が際立った、シュールな出来事だったといえるだろう。ちなみにユーザーがゆっくり作品を制作する際は、あくまで「東方Project」の二次創作ガイドラインに従うように呼びかけられている。