ゲーム翻訳家たちが「クレジットに名前が載らない問題」について議論。AAAからインディーまで、それぞれ異なるクレジット事情
ゲーム翻訳家の間で、「クレジットの公表」についての議論が交わされたようだ。翻訳業界には、出版や映画だけでなく、海外ゲームのローカライズをおこなう翻訳会社や個人翻訳者も存在する。近年は海外ゲームが身近になり、気になるゲームの翻訳をどこ/誰がおこなったのか気にしている人も少なくないだろう。とくに最近は、ベテラン翻訳者がインディーゲームで活躍しているところを見かけるケースも多い。
しかし、実は翻訳を担当したからといって、必ずしも名前がクレジットに載せられるとは限らない。パブリッシャーの意向があったり、あるいは翻訳会社が自社の翻訳者の名前を明かしたがらなかったり、といった理由で、誰が翻訳を担当したのか名前が明らかにならないケースも少なくないのだ。しかし、こうした状況に対し、国内のゲーム翻訳家から問題提起の声が挙がっている。
発端となったのは、『ラチェット&クランク パラレル・トラブル』『Eastward』などに携わった英日翻訳家・柴田泰正氏のツイートだ。同氏は2020年、あるフランチャイズ作品の翻訳を手がけ、一定の評価を獲得したそうだ。ところが、自身の実績として同作へ言及してもよいかクライアントに尋ねたところ、SNSや履歴書に記載することにもNGが出たという。
この経験を受けて、柴田氏は問題提起。大手ローカライズ会社は翻訳者にクレジットを与えるよう、クライアントに働きかけるべきだと主張している。とくに柴田氏は、AAAタイトルで翻訳者が名前を出せない状況を念頭においているようだ。現状でインディーゲームの翻訳を専門としているベテラン翻訳者も、実績としての公表が可能となれば、AAAタイトルに取り組みやすくなるだろうと指摘。現状の構造では、翻訳者の人材流出につながるとしている。
柴田氏の意見には、『Gone Home』『Va-11 Hall-A』で知られる翻訳家の武藤陽生氏も賛同を示している。武藤氏は、クレジットに翻訳者の名前を出さない翻訳会社からは、人材が離れていくと言及。クレジットが出せない場合でも、代わりに翻訳単価を引き上げるなど、何らかの対応が必要だとしている。ベテラン翻訳者がインディーゲーム業界に流出しているのも、クレジット表記を含む、やりがいを求めてのことだろうと推測している。
武藤氏の経験としては、『Gone Home』に携わったことがきっかけでクレジットを公表したいという意識が生じたという。また翻訳者として名前を明かすことができるようになってからは、単価がアップしたほか、トライアル(翻訳案件を依頼する前に、クライアントが試験的に翻訳者に与える課題)が免除されるなど、さまざまなメリットが生じたそうだ。
一方、翻訳会社が翻訳者のクレジットを載せたがらない理由としては、自社の翻訳者を囲い込みたいという意図が一つ。くわえてもっとも大きいのは、翻訳会社が大きな力をもつパブリッシャーに対し、要望を伝えにくいからだろうと分析する。また、翻訳者としての実績にするのであれば、AAAタイトルで大多数のなかにクレジットされるよりも、単独での名前が出るインディーゲームの方が、メリットが大きいとも指摘している。こうした理由も、ベテラン翻訳者がインディーゲームを中心に活躍している一因といえそうだ。
弊誌では、武藤氏に追加で質問するかたちでお話をうかがった。そもそも『Gone Home』をきっかけに名前の公表を考えるようになったきっかけは、第一に同作が素晴らしい作品だったことが挙げられるという。もともと武藤氏はAAAタイトルを中心に翻訳を手がけていた。しかし、NDA(機密保持契約)により自身の名前を出せることはほとんどなかったそうだ。当時から武藤氏は、ゲーム翻訳が出版や映像分野の翻訳のように文化として成熟・定着するには、翻訳者の名前を出すことが必要だと考えていたとのこと。
そこで、『Gone Home』のような優れたゲームに高品質な翻訳をつけることを考え、プロでありながら無償で有志翻訳をおこなったそうだ。結果的に同翻訳はPlayStation 4版『Gone Home』でも公式採用。またその後も武藤氏が翻訳学校フェローアカデミーで教鞭をとった際に教材として活用したり、『Gone Home』開発スタジオの後発作品『Tacoma』で有償翻訳の発注につながったりと、キャリア展開に大きく影響を及ぼしたとのことだ。
武藤氏の経験としては、クレジットに名前を載せるか否かの決定権は基本的にパブリッシャーか翻訳会社のどちらかに委ねられる。記憶に残った経験としては、「エンドロールには名前が載るが、SNSや履歴書には記載NG」という理不尽なケースもあったとのこと。逆に、名前を公開して請け負った案件を通じては、武藤氏の参加を理由にゲームを購入するユーザーが現れるなど、嬉しい出来事もあったそうだ。総じて、クレジットで名前を公表することは、業界内での自身の地位確立に貢献している、と武藤氏は振り返る。現状では翻訳者個人がクレジット公表可否の裁量を握ることは難しいとしつつ、将来的には「ぜひ翻訳者の名前を前面に出させてほしい」と依頼されるような案件を目標としているそうだ。
ちなみに、弊社アクティブゲーミングメディアのゲームパブリッシングブランドPLAYISMでは、原則として翻訳者の名前を公表する方針をとっている。これはPLAYISM自体が判断できる側にあるからだ。一方、他社作品の翻訳業務を請け負っている翻訳会社などの場合は、会社として名前を出せるかはクライアント次第となるだろう。弊社でも、PLAYISMとは別のローカライズ部門では、そのような対応となっている。個人で活動する翻訳者だけでなく、翻訳会社も案件によって公表できるかできないか、ケースが分かれるというのが実情である。
インディーゲームの隆盛にともない、ローカライズについても翻訳家の作家性が注目されつつある。ユーザーの目線が翻訳にも向けられることで、今後は市場から、翻訳者の名前公表が求められる時代になっていくかもしれない。
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