『Void and Meddler』レビュー ――売買される記憶と過去を失った女

『Void and Meddler』は、物質化された記憶が売買される近未来ふうの都市を舞台とした、ポイント&クリックゲームだ。プレイヤーは2年前にすべての記憶を失った主人公「Fyn」を導いて、種族や性別の境界があいまいになった都市を巡り、彼女の過去の記憶を探し当てる。

Void and Meddler』は、物質化された記憶が売買される近未来ふうの都市を舞台とした、ポイント&クリックゲームだ。プレイヤーは2年前にすべての記憶を失った主人公「Fyn」を導いて、種族や性別の境界があいまいになった都市を巡り、彼女の過去の記憶を探し当てる。執筆時の価格はSteamで4.99ドル。10月28日にMi-Clos Studioより発売された。章ごとに分割されて配信される予定で、現在はEpisode 1まで配信されている。

「記憶」売ります。
「記憶」売ります。

巨大な一枚絵に配置された種々のオブジェクトにカーソルをあわせてクリックすると、主人公Fynが近づいて立ち止まる。「虫めがね」「吹きだし」「電源マーク」「掴もうとする手」が表示され、クリックすると行動を起こす。それぞれに「観察」「会話」「使用」「取得」と考えていいだろう。なにが起こったのか、どう感じたかは、Fynがその場で語ってくれる。

手に入れたアイテムを鍵のように使用する場面もある。ある場所で手に入れたアイテムをどこで使うか類推し、べつの場所で使用してイベントを進める快感はなかなかのものだ。ただ、一般的なポイント&クリックものの枠を拡張するような目新しさがあるわけではない。

このゲームの一番の魅力は、奇妙な都市を描いたアートワークだ。ジャンク・フードの市場で誤作動を起こしかけているロボット、地下鉄の駅構内でぼうっとしている覚醒剤中毒の麒麟、ゲームセンターで謎のVRゲームを遊んでいる不良の青年、捨てられた自動車たちの墓場など、描かれるモチーフはじつに興味深い。

クラブ。一枚絵が固定されていることが多いポイント&クリックにおいて、明滅の激しいグラフィックは致命的だが、 気分が悪くならないぎりぎりのラインに留まるよう、うまく調整されている。
クラブ。一枚絵が固定されていることが多いポイント&クリックにおいて、明滅の激しいグラフィックは致命的だが、 気分が悪くならないぎりぎりのラインに留まるよう、うまく調整されている。

Fynは地下鉄に乗って街のさまざまな場所へ足を伸ばす。場所ごとに探索するべき一枚絵が配置されている。それ自体が十分に美しい街の景色は、接続端子が接触不良を起こしているような画面効果、ブラウン管で映像を映しているように見せかけるフィルター、かなり強い光源とぼかしなどで強烈に装飾され、頭痛を引き起こす一歩手前の危険な美しさを放っている。

この奇妙な街においては、ネオン・ライトは目を突き刺すほど眩しく、ほとんどの人物はホログラムで、実際には存在していない。進歩したテクノロジーは人々の距離を縮めるどころか、遠く引き離してしまった。赤いレザー・ジャケットを着たパンクくずれの主人公Fynは、失われた記憶を求めて人々と交流を試みる。

公式サイトの説明が、ゲームの雰囲気をうまく解説してくれるだろう。

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“『Void and Meddler』が狙いをつけたのは、断片と細部、雨降りの夜とぼやけた光だ。Fynの生活と希望に一夜だけ立ち入ること。どのような目標も過去もなく過ぎ去った二年間の、退屈な変人たちや無慈悲な禿鷹どもとの生活に疲れたFynは、すべてに決着をつけようと決心する。強く、純粋で堅固な記憶を探し当てるための夜は、まだ数時間ほど残されている。種族や性差が互いに溶けあうこの街で、長いあいだ生活から失われていた他人の感覚を彼女は得るだろう。”《公式プレスから拙訳》

音楽もすばらしい。八十年代ふうのシンセサイザー・サウンドを基調として、雑音ぎりぎりのノイズと奇妙なリズム・トラックを乗せたテクノの楽曲群は、眠らない都市のイメージと完全に調和している。温かみを感じさせるアコースティックな楽器の音を完全に排除し、エッジの効いたディストーションと脅迫的なノイズを重ねることで、酔っているのか醒めているのか覚束ない感覚をうまく表現している。流麗なアートワークと同様に、使用する音色のパレットに明確なこだわりが感じられる、最高のサウンドトラックだ。

「虚無とおせっかい屋」とでも訳せそうなタイトルが暗示するとおり、Fynという主人公はふたつの性向を持っている。記憶の喪失による根深い虚無感と、記憶を取り戻そうと外界へ向かう動きだ。自分が何者なのか知らないことによるフラストレーションのために、彼女の発言や行動は非常に恣意的で、時には暴力的ですらある。恋人と別れたばかりの傷心の青年に正面から欠点を突きつけ、無条件に好意を寄せる男に対して嫌悪をむき出しにする。

彼女の破滅的な言動をありのまま受け入れられればいいのだが、Fynはプレイヤーが事情を理解する前からずっと啖呵を切りつづけているので、プレイヤーと主人公の間にある種の壁ができあがる。壁を作るのがテキストなら、その壁を解体するのもテキストだが、ここで本作の弱点が浮き彫りになってしまう。

オープニング。三人称の過去形で書かれていた文章が、とつぜん現在完了形に切り替わったところ。テキストの表示が一文か二文ずつなので時制がつかみにくく、意味が不明瞭になっている。
オープニング。三人称の過去形で書かれていた文章が、とつぜん現在完了形に切り替わったところ。テキストの表示が一文か二文ずつなので時制がつかみにくく、意味が不明瞭になっている。

テキストが非常に悪いのだ。筆者は英語でプレイしたが、言い回しの不自然さが散見され、文法に誤りがある部分も多い。物語はFynの独言とキャラクターたちの会話で語られる。ドラッグやアルコールに溺れて二年間を過ごしたFynの無軌道さを表現するために、言葉の乱れを採用するのは手段として正しい。ただその手段そのものが洗練されていないために、作品のすべてのテキストに、その言語を昔から使ってこなかった人がはじめて罵倒語を口にしたような不自然さが出てしまっているのだ。

いそいで断っておかなければならないが、開発元のNO CVTがフランス人二名から成るチームであることから、オリジナルのテキストはフランス語で書かれたものと考えられる。だとすれば、問題は翻訳の質にあるのかもしれない。現時点ではエピソード1までの公開となっているので、いずれにせよ続編での改善を期待したい。なお、使用する言語は英語とフランス語から選択することができる。

ゲームセンター。おなじMi-Clos Studioの『Out There : Omega』の筐体がある。
ゲームセンター。おなじMi-Clos Studioの『Out There : Omega』の筐体がある。

ポイント&クリックの部分も優れているとはいいがたい。筆者の体験だが、とある場所のごみ箱からナイフを拾い忘れていたために、長い時間をかけていくつものマップを端から端まで歩かなければならなかった。ここにナイフがあるというヒントは与えられなかったし、拾ったナイフをどこでどう使うべきなのか、といったアドバイスもなかった。推理ではなく、すべてのオブジェクトをしらみつぶしにクリックする作業に陥ると、ポイント&クリックは途端に輝きを失う。そしてFynは路頭に迷ったプレイヤーに手を差し伸べるどころか、挑発的な言葉を投げかける。いわく、「私が家具に話しかけるタイプに見えるのか?」

スクラップヤード。Fynは決して走らないので、音楽がなければプレイヤーが気絶しかねないほどマップが広く感じられる。
スクラップヤード。Fynは決して走らないので、音楽がなければプレイヤーが気絶しかねないほどマップが広く感じられる。

『Void and Meddler』の流麗で暗いアートワークと攻撃的なサウンドトラックは非常に魅力的だ。ただし物語とテキスト、ゲームプレイに若干の問題を抱えている。ポイント&クリックの問題はジャンル自体が内包している弱点だが、それでも多少の仄めかしが欲しいところだ。語の続きを知りたいと思わせる適切なテキストを用意できれば、名作に化けるだろう。続編に期待したい。

Syohei Fujita
Syohei Fujita

5歳の誕生日に『ポケットモンスター』の『緑』を買ってもらった時から、ビデオゲームは私と共にありました。煎じ詰めればじつに単純なインタラクティビティと光の明滅に、なぜ我々はここまで驚喜することができるのか?この興味深い問いを少しずつ解き明かしていくつもりです。……もちろん普通のレビューも書きます。なんにせよ、すべてのコンテンツは受け手が自分の人生を忘れるために作られますが、驚くべき豊かな未来において、ビデオゲームはその目的を完全に達成すると思います。

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