ゲームで全身運動?VRゲームに見るe-Sportsの未来の形 VRゲーム『Circle of Saviors』 レビュー&開発者インタビュー(後編)
ゲームレビューを掲載した前編に引き続き、『Circle of Saviors』開発元PDトウキョウのインタビューをお届けする。
――Gear VRで開発が事前に始まっていたとはいえ、実質的には二ヶ月ない期間の中で開発を終了させた、というのは驚異的なスピードですね。以前ゲーム開発をやられていた方がメインスタッフをされていたりするのでしょうか?
谷川:
いえ、弊社自体は映像系の会社なのでエンジニアはいるものの、ゲームをメインで開発していたプログラマーはいないです。
大本珠樹氏(以下、大本):
つまりこれが当社エンジニアたちにとってゲーム開発一作目ということです(笑)
谷川:
にもかかわらず短い期間の中で、開発チームはよくやってくれました。とはいえ、TGSに出展することなど含め、当初はUVEでゲーム開発を終了する可能性もありました。
――それはどういった意図でしょうか?
谷川:
ダラダラやっていてもしょうがない、やるならちゃんと結果を出し続けないといけない、というのが代表としての私の方針でした。UVEに出展する際も「UVEまでは開発をしていい。ただし賞を取らなかったらプロジェクトは解散」、開発チームにはそう伝えて臨んでいます。お陰様で、グッドコンテンツアワード1位を受賞し、開発自体も続行となりました。
――ゲームのクオリティからすれば納得です!プレイされた方からの反響ももちろんですが、同様にVRゲームを開発されていらっしゃる会社の方々も大変驚かれたと思います。VRゲームを専門で開発していたわけではないにも関わらず、なぜ御社はMRを高いクオリティで実現することが出来たのでしょうか。
谷川:
ひとつ他社様と大きく違うのは、我々は立ち位置としてもともと非常に特殊なところにいた点です。機密的に語れない事柄が多いのですが、メイン事業で放送機材を広く扱っており、同時にエフェクトの開発など含めプログラムで絵を描く仕事も請け負っています。世界中を見渡しても、この2つの業務を一社で請け負っているところは非常に少ないのではないかなと思います。
――今回はその強みが最大限に活かせたということでしょうか。
谷川:
そうですね。パソコンで映像を作って放送機器で配信する、という行為を言葉で説明するのは非常に簡単なのですが、実現するためには様々なノウハウが必要です。一見簡単に見えるのですが、扱う信号がその都度違うため、単純に機材を繋いだだけでセッティングが完了するたぐいのものではありません。『CoS』は、さきほどあげた放送技術と絵作りの機能を、ともに弊社が持ち合わせていたからこそ実現したタイトルだといえます。
――今回プレイさせていただき、VRの普及のためにMRの必要性を強く実感しました。今後は競合他社も同様の技術を磨き、追随することが想定されますが、その際、どのように優位性を担保されていかれるおつもりでしょうか。
谷川:
MRの重要性を説いておきながらこういうのは恐縮ですが、触るのが非常に難しい領域なんです。機材が揃ったからといって、すぐにどうにかなるものでもありません。なにより機材を揃えるだけで、かなりの初期投資が必要となりますので、基本どこの会社もやりたがらないのではないかなと思います。
同様の試みをされている会社はあるかと思います。ただ、MRを実装しようと思うと、非常に重たい処理が発生するため通常のパソコンではスペックが足りず、どうしても処理落ちが発生してしまいます。VRゲームにおける処理落ちはすなわちVR酔いにつながるので、絶対に避けねばなりません。そういう点も考慮すれば、MR技術の開発はいわば地雷原を歩くようなものです。
『CoS』では「やり切ること」が方針だったので、使える中で最高のスペックの機材を使用し、処理落ちが一切発生しないよう手を尽くしています。デモプレイ時に説明したとおり、最大6つのレイヤーを画面上で合成しつつ、これ以上に遅延を少なくすることは現状では不可能ではないかと思います。その点にこだわり抜いた結果として、今まで『CoS』をプレイしていただいた方の中で、VR酔いを起こされた方は一人もいらっしゃいませんでした。だからといって、処理を軽くするためにグラフィックを犠牲にしているわけではありません。
――たしかに今までプレイしたVRゲームの中でもトップクラスのグラフィックでした。
谷川:
現状PCでプレイされているゲームと同等クラスのグラフィックを、VRゲームでも実現しなくてはゲーム体験として興ざめしてしまうのではないか、という思いでクオリティを追求しています。
たとえばVR空間上でオブジェクトを手前に引き寄せたとき、法線マッピングが効かない関係上、どうしてもオブジェクトの表現が甘くなってしまいます。いろいろ研究した結果、プレイヤーとオブジェクトの距離によって、どういう処理にしたら、視覚的に粗が目立たず、リッチなビジュアルを維持できるかを追求して、シビアなチューニングを行っています。
大畠和人氏(以下、大畠):
そのあたりのクオリティ・コントロールは、実際に剣や盾を間近でじっくり見ればわかっていただけると思います。
――今後バージョンアップを重ねて、さらに上の体験を目指されたりされるのでしょうか。
谷川:
実のところ、現状はもともとの構想からすると2割程度しか実現できていないんです。ただ残りの8割が全部できてから出すのでは、皆様に遊んでいただくのが数年後になってしまうので、一旦ローンチをしたあとに、スケジュールにのっとってバージョンアップを図っていくことになりました。
――話は変わるのですが、タイトルの『Circle of Saviors』はいつ頃決められたのですか。
杉野紘太郎氏:
タイトルは結構あとに決まりました。確か7月に入ってからだったと思います。
――UVEの直前ですね!ちなみにキービジュアルのセーラー服の女性がキャラクターとして特徴的ですが、これはどういった経緯できまったのですか。
谷川:
もともとUVEで公開したときは今のキービジュアルではなかったんです。男性・女性それぞれのキャラクターが立っているものがキービジュアルでした。ファンタジーの世界観に合わせたキャラクターを押し出すことでゲームのイメージを伝えられたらと思っていたんです。ただ根本的なことなんですが、VRは一人称視点のゲームですよね。イメージキャラクターをつくったところで、その姿を自分自身が見る機会はない。むしろプレイヤー自身が主人公としてゲームに入り込むためには、イメージキャラクターは立たせないほうが良いのではないかという議論になり、結果としてキービジュアルを差し替えようという話になりました。
――なるほど。
大本:
少し話がそれるのですが、キービジュアルの話にもつながるエピソードを話させてください。『CoS』はもちろん直感的な操作で楽しめるゲームではあるのですが、初見の方には、ゲームの楽しみ方、いうなれば「ここまでやったらもっと楽しいですよ」というゲームのプレイスタイルをプレイする前に知ってもらうことが重要だと思っています。事前にオペレーターがデモをやってもよいのですが、試遊していただく前に毎度やることはあまり現実的ではありません。そこで実際にプレイしている動画を元にPVを作成して、プレイする前によりプレイイメージを膨らまして臨んでいただこうと思ったんです。
僕らは映像関係の仕事がメインですので、やるならばそのPVを見た方全員が、「自分もこんな風に遊べるんだ!だったら絶対に『CoS』をやりたい!」と興味を持ってもらえる内容にしたかった。そのため、本職のアクション女優さんをPV用のプレイヤーとしてお呼びしました。
谷川:
女優さんに『CoS』を触ってもらい、「剣をこう振ったら格好いいよね!」「こう構えるとポーズとしてキマるよね!」という勘所は流石本職の方だなと思いました。その場で殺陣をやっていただいたイメージです。そうやって動きにキレがある方にプレイしていただくことで、私達の中でも『CoS』の楽しみ方の幅がより一層膨らみました。
そこで先程のキービジュアルの話につながるんですが、我々はなにをやるにしても中途半端なことをするのは嫌いなんです。PV撮影の際に女優さんになにを着ていただくか、という話になったのですが、日常のプレイヤーがVR空間に紛れ込んでいることをわかりやすく伝えられる、かつビジュアルとしても非常にキャッチーなコスチュームとして「セーラー服だ!」ということになりました。実際にセーラー服を着ていただきPVを撮影すると、非常に画として面白かった。
大畠:
UVEにも、PVに出演いただいた女優さんをお呼びして、演舞という形で参加者の方の前でエキシビジョンをさせていただいたのですが、大盛り上がりでした。
谷川:
そのとき、参加者の方から「VRJKきたー!」というコメントもいただき、スタッフ全員でひらめいたわけです。これをそのままキービジュアルとして採用しようという話になり、今のキービジュアルが出来上がったんです。キャラクターがVRヘッドセットを被っているのも意味があって、顔を覆うことでキャラクター感をなくし、プレイヤーが自己投影をしやすくなることを狙っています。
PVや、UVEで観客の方が撮影された動画がSNSなどでシェアされ、知り合いはもちろん、海外の方からも「ヘッドセットとセーラー服の組み合わせが秀逸すぎる」「凄いセンスだ」とお褒めのお言葉をいただいたので、話題になるという点でも成功したと思います。
――PVの中でアクション女優の方がマントを羽織られてプレイされている動画もありますね。
谷川:
実はそれも裏話があります。もともとマントは、グリーンバックと色がかぶる緑色の服を着られている方をMRでちゃんと映像合成出来るように用意していたんです。ただマントを羽織ってアクション女優さんにプレイしてもらったところ、マントが翻るさまがとても良かった。PVを見てくださったからだと思うのですが、プレイされる方の中でもマントを羽織ってプレイされたいというリクエストが多くありました。
――直近のドスパラでのイベントでの反響はいかがでしたか。
大畠:
イベントとしては、クリアのタイムアタックとさせていただき、優勝者の方にはHTC Viveをプレゼント、とさせていただきましたが、ありがたいことに、すでに熱心なファンの方もついてくださっていて、非常に盛り上がりました!
――私自身プレイさせていただいての感想ですが、三分間の中でクリアをするのすら難しいのではないかなと思ったのですが、クリアを出来る方が結構な数いらっしゃったということでしょうか。
大畠:
最初のうちは中々クリアできる方はいらっしゃいませんでした。ただ、MRだからこそだとも言えるのですが、観客の方たちが他の方がプレイされている様子を見て、その場にいる方同士で攻略法を話されたり、自分だったらこうやってプレイしようとイメージを膨らまされたりを積極的にされていらっしゃいました。
結果として、イベント後半になるにつれ、クリア率も上がり、クリアするまでの時間もどんどん短縮されていきました。なにより印象的だったのは、観客の方がずっとその場に滞在され、他の方のプレイを眺めていらっしゃる姿です。自分自身がプレイして面白いのは当然として、他の方がプレイされる姿もコンテンツになる、というのはMRならではの魅力だと改めて実感しました。
谷川:
『CoS』を作ろうと思ったときに、ゲームをきっかけにプレイヤー同士が交流し合える温かい雰囲気を作りたいなと思ったので、その点についてはイベントの盛り上がりを見て、手応えを感じました。
――VRでe-Sportsを今後展開していく上で、会場を盛り上げる方法の一つとしてMR技術は非常に効果的といえるかもしれませんね。
谷川:
プレイする姿を見て楽しむ、という点でMRは特別な体験を提供できると自信を持って言えます。またe-Sportsという観点から考えると、『CoS』はゲームプレイに全身を使うわけで、まさにゲーム機材を使った”スポーツ”ですよね。
大畠:
ヘビーユーザーの方は、前日、家でシャドーボクシングのように、腕を何度も振ってイメージを膨らましてきたとおっしゃられておりました。
――準備が完全にスポーツ選手ですね(笑)
谷川:
あとはプレイされる方によるのですが、平均プレイ時間はほかのゲームと比べて圧倒的に短いと思います。大体の方が途中で敵にやられてしまうので、時間として一分程度。三分の制限時間を最後までプレイし切る方はむしろ珍しいくらいです。ただその短いプレイ時間でも、終わられた後は皆様から非常に満足をいただいております。その要因の一つとして、全身を大きく使ってプレイいただけることがあげられると思います。
大畠:
最初おっかなびっくりコントローラーを振っている方も、段々と気持ちが入ってきて大きく振られるようになります。敵が沢山攻めてきた際は、大きく振っていっぺんに倒さないと対応速度が追いつきませんから。
谷川:
VR経験者の方で「そんなに大げさに振らなくても大丈夫だよ」という感じでプレイをされる方ほど、「こんなはずでは!」と戸惑われる傾向にありますね。
大畠:
プレイヤーが増えるに連れ、最短でクリアを目指す方、魅せるプレイを目指す方、とにかくプレイ自体を楽しまれる方といろいろなプレイスタイルが生まれて、ゲームを開発した側としても大変うれしいです。
谷川:
一つだけ難点があげるとすると、デバッグが辛いんです。
一同:
(笑)
――海外の企業から問い合わせも多いのではないでしょうか。
大畠:
もちろんゲーム系の企業からお声掛けいただくこともあるのですが、企業というよりも展示会・イベントの主催者の方から、誘致したいというお問い合わせを結構な数いただいております。
大本:
企業としては中国からのお問合わせが多いです。反応も非常に早かったです。
――今後の展開としてアーケードを検討されているとのことですが、今後のスケジュールなどございましたら教えてください。
谷川:
そこまで遠くないうちに新しい情報を公開できると思いますので、その点についてはもうちょっとお待ちいただければと思います。現状、プレイされたことがある方が1000人もいないので、少しでも多くの方にプレイいただける環境を整えたいという思いは強くあります。
VRヘッドセット用のゲーム部分だけを切り離して、Steamなどのプラットフォームで公開すれば、極論すぐにでもご家庭で遊んでいただくことは可能なのですが、僕らとしてはやはりMRあっての『CoS』なので、進め方は慎重に検討させていただきたいなと思っています。手を大きく振るゲームなので、そもそもご自宅でプレイ中に怪我をされることも懸念されますし、オペレーターありきで進めたほうが良いとは思っています。
大畠:
TGSの際も、システム自体が止まったことは一度もなかったのですが、ストラップが結構切れてしまいまして。
谷川:
ゲーム中の手がぶつかる問題については、グリーンバックのスクリーンをカーテン状にすることで、手が当たってもプレイヤー・機材ともにトラブルが発生しないようにしています。ただストラップについては事前に対策していたのですが、それでも想定以上の勢いで振り回されて切れてしまうことがありましたね。そういうことを考えるとやはり、ちゃんとした体制のもとでプレイいただければと思っています。
――わかりました。今後の展開を楽しみにしております。
[聞き手: Hideki Nakayama]