VRゲームの弱点、それはプレイしている本人以外が楽しむ方法が弱いということだ。それを実感したのは、今年の東京ゲームショウ(以下TGS)。PlayStation VRブースをはじめ、たくさんのメーカーがVRゲームを展示していた。今年のTGSの目玉であるVRゲームに多くの来場者が殺到し、多くのブースに長蛇の列が出来ていた。ただ、その人気の一方で、VRゲームは一人の試遊にかかるオペレーション時間が、ヘッドセットの装着準備などの関係で長くなりがちで、一日に体験できる人数は通常のゲームと比べ少なくなってしまう。TGSが開場して30分後には当日分の整理券が配布終了、というケースは決して珍しくなかったのが実情だ。となると、整理券を得られなかった来場者は、他の人のプレイを眺めるほかない。しかしVRヘッドセット越しに一人称視点ですすむゲーム画面をモニターに映したところで、プレイヤーと同等の没入感は得られない。VRゲームをやっていない観客も、VRゲームを楽しむことができたらどれだけ良いだろうか。今回レビューするVRゲーム『Circle of Saviors』(以下『CoS』)はその問いに一つの答えをくれた。

TGSで『CoS』はVRゲームにもかかわらず観客で大賑わいだった。その理由は後述する。
TGSで『CoS』はVRゲームにもかかわらず観客で大賑わいだった。その理由は後述する。

取材のため、『CoS』の開発会社・PDトウキョウを訪れた。まず、オフィスに通されて驚いたのは、VRゲーム専用のスペースが社内に構築されていたことだ。ゲーム開発に必須とは言え、PDトウキョウはあくまで映像制作の業務を主とする会社と聞いていたので、ここまで大掛かりなスペースをVR用に割いているとは思わなかった。聞けば、一時的に会議室のスペースを開発用に使っていたが、ゲームの好評を受け、今ではすっかりVR用スペースになってしまったとのことだ。

会議室がまるごとVRゲーム用の開発スペースとなっていた。
会議室がまるごとVRゲーム用の開発スペースとなっていた。

筆者が『CoS』未体験だったため、インタビューの前に「ぜひプレイを」とお願いしたところ、PDトウキョウ代表取締役社長・谷川高義氏自ら、ゲーム操作の説明を兼ねてデモプレイを見せてくれた。『CoS』のゲーム自体は非常にシンプルで、両手のコントローラーに剣・盾のどちらかを装備し、3分の制限時間内にフィールド奥から攻めてくるゴブリンたちを特定数倒し、最後に登場するボス戦に勝利をすることが目標となる。

両手剣を使いこなし、華麗な剣さばきで敵を倒していく谷川氏。
両手剣を使いこなし、華麗な剣さばきで敵を倒していく谷川氏。

『CoS』で非常に特徴的なのが「リアルタイム複合現実(Mixed Reality、以下MR)」と呼ばれる技術だ。上記VR開発用のスペースを見ればピンとくる読者の方もいると思うが、グリーンバックのプレイスペースにいるプレイヤーを、ゲーム内のグラフィックとその場で合成し、モニターに映し出すことができるのが、このMRだ。

合成に関しては、ゲーム内フィールドのグラフィックの他に、位置情報を用いて、両手に構えた剣と盾(両手剣の場合は剣二本)とプレイヤーそれぞれをレイヤーに分け、モニター上で奥行き方向として正しい順序で合成を行うことが可能。最大6つのレイヤーまで対応可能なうえ、さらには上記の処理をリアルタイム、つまり時差なく処理しているというのだから驚きだ。

実際にプレイしてみたところ、奥からどんどん攻めてくる敵を、剣でバッサバッサと切り伏せていくのは、大変な爽快感だ。また、終盤対応しきれないほどの敵に囲まれた際の盾の安心感たるや、筆舌に尽くしがたい。制限時間内になんとか目標となる数の敵を倒すことが出来たものの、こちらの体力はあと一撃でゲームオーバー。そんなピンチの状況で目の前に現れる、見上げるほど大きなボスキャラの攻撃を必死で避けているうちに、制限時間の3分はあっという間に終わってしまった。

この写真だけ見ると左右に腕を振り回す変な運動をしている人だが……
この写真だけ見ると左右に腕を振り回す変な運動をしている人だが……
ゲームの中では必死にゴブリンたちと戦っているのだ。
ゲームの中では必死にゴブリンたちと戦っているのだ。

コントローラーのレスポンスも素晴らしく、グラフィックも乱れることなく非常にリッチなVR体験だったな、と余韻に浸っていると、手渡されたカメラを見て、新たに驚いた。剣と盾を構えた、いわゆる勇者な出で立ちで自分がフィールドに立っていたのだ。その写真を見た瞬間、自分が先程まで遊んでいたゲームの世界が、途端に現実の延長線上にある気がしてくるから不思議だ。

剣と盾を構えている姿に違和感がない。グラフィックの綺麗さももちろんだが、盾が体よりも手前に合成されていることにも注目。
剣と盾を構えている姿に違和感がない。グラフィックの綺麗さももちろんだが、盾が体よりも手前に合成されていることにも注目。
TGSでプレイした方たちの映像

 

プレイ後すぐの、興奮冷めやらぬまま、PDトウキョウ代表取締役社長 谷川氏、取締役CTO シニアプロデューサー 大本珠樹氏、企画営業部 部長 大畠和人氏、管理運営部 部長 杉野紘太郎氏にインタビューをさせていただいた。

写真左から杉野氏、谷川氏、大畠氏、大本氏
写真左から杉野氏、谷川氏、大畠氏、大本氏

――まず最初に、VRゲームを開発された経緯を教えていただけますか?

谷川高義氏(以下、谷川):
実は、もともと開発していたものはゲームではなかったんです。プロジェクトのそもそもの名前は「エフェクトサンプル」で、Gear VRを使ってグラフィックのチェックとともに処理落ちのテストも兼ねて、トライアルで開発を行っていました。

 
――もともと映像を制作される会社とお聞きしていたのですが、そちらの業務のとしてプロジェクトが始まった、ということでしょうか。

谷川:
はい、番組用のリアルタイムエフェクトサンプルを作成するためのプロジェクトでした。弊社は映像制作がメインではありますが、配信に関しての仕事もしており、その延長線上でOculus Riftなど、今後の配信用のデバイスになりうるVR機材を使っていろいろとテストを行っていました。

VRで試行錯誤をしているうちに、VRが普及するためにはプレイしている人だけではなく、プレイを見ている周りの人たちにも盛り上がる要素がなくてはいけないのではないか、ということを考えるようになりました。当時イベントなどでVRの試遊現場を観察していましたが、プレイをしている人以外全員黙っているんです。それは当然で、プレイしている人以外は何が起きているかわからないわけですから、歓声が出るわけもない。

もうひとつ課題としてあるのが、導入時にプレイヤーに操作を指示することの難しさです。例えば『CoS』ですと、最初に装備をプレイヤー自身に選択してもらう必要があるのですが、サポートをするオペレーターには、プレイヤーに何が見えていのかわかりづらいため、具体的な指示をプレイヤーに出しづらい。

VRゲームは、体験としてはリッチで面白いとは思うのですが、今後普及させるためにはこういった課題、一言でいうと「外からなにをやっているかが見えない・分からない」という点を解消しない限りは、どれほど面白いコンテンツを作ったとしても普及に時間がかかる、そう思ったわけです。

もともとテレビ局からの仕事を受けていく中で、ライブ映像に関する業務も担当するようになり、今回の『CoS』の肝となるMRに関する技術は持っていました。そんな中、HTC Viveの発売時のプロモーションビデオに、プレイヤーをゲーム内の映像と合成をしているシーンがあるのを見て、我々がVRコンテンツに対してすべきアプローチはこの方向性だなと思ったんです。

 
――コンセプトムービーを見て、やるべきことがひらめいたわけですね。

谷川:
そうです。リアルタイムでゲームとプレイヤーを合成して、観客に見せることができれば、また別の切り口からVRゲームの面白さを作り出せます。ただ、その場で観客に見せるということを考えると、合成に遅延は発生させられない。技術的にはハードルが高いのですが、先程お伝えしたとおりテレビ局の仕事をしている関係で、遅延を発生させないための機材やノウハウはすでにありました。

すぐに社内スタッフに確認したところ、技術的には不可能ではなさそう、という判断がたちましたので、すでに走っていたGear VRの開発を止め、同じチームでHTC Viveでのゲーム開発、およびMR技術の実装に取り掛かりました。それが今年の5月の後半ですね。

 
――『CoS』のファンタジーな世界観はどの段階で決まっていたんですか?

谷川:
コンセプト自体はGear VRで開発していたエフェクトサンプルがもともと魔法っぽいものを目指していたので『CoS』の世界観の土台としては最初からあったといえます。SF系のコンセプトは多くのタイトルが先行していたこともあって、プロジェクトスタッフ全員でファンタジーの方向性に決めました。そしていつの間にか「魔法だけじゃ物足りないから」と、プログラマーが作ってきた剣と盾を要素として追加して出来上がったものが、7月の「Unity VR EXPO AKIBA」(以下UVE)に出展したゲームです。

 
――プログラマーの方が自発的につくっちゃった、と(笑)

谷川:
ええ。いきなり朝呼び出されて、そのプログラマーから「谷川さん、やってください」とHTC Viveのコントローラーを渡されたわけです。

circle-of-saviors-pd-tokyo-interview-part-1-008

――体験されてみて、いかがでしたか?

谷川:
「このまま進めろ」と言いましたね。

 
――代表自らお墨付きのクオリティだったというわけですね。

谷川:
はい、このまま開発していけばゲームとして面白いものが出来上がるだろうと確信しました。MR実装を見据えて、HTC Viveに開発を一本化しましたが、Gear VRで当初目指していたゲームのコンセプトはHTC Viveの開発に引き継がれました。

 

以下後編記事へ続く

[聞き手: Hideki Nakayama]