『The Ship: Full Steam Ahead』の沈没

 

『The Ship』の続編『The Ship: Full Steam Ahead』

The Ship』というゲームをご存じでしょうか。元は Half-Life1 の MOD であり、2006年には Source Engine で作成された製品版が発売されたFPSです。PCゲームに詳しい人間に『The Ship』について訪ねてみましょう。「やったことないけど知ってる」「やったことあるけどよくわからなかった」「おもしろいよねアレ」のいずれかの意見が返ってくるはず。いわゆるカルト的な人気がある作品です。

プレイヤーは、 "Mr X" なる人物から「The Ship」への乗船券と、恐らく "Mr X" の娯楽としての殺しの依頼を授かった人物を操作します。プレイヤーの目的は多くの乗船者の中からターゲットを見つけ出し、目撃者を出さずに始末することです。もちろん自分も誰かのターゲットに指定されているため、ここで自分のターゲットは誰か?自分は誰のターゲットか?という心理戦が成り立ちます。また、プレイヤーは操作している人物の食事や睡眠などの欲求に答える必要があり、武器も現地で調達しなくてはならないために寝込みや徒手空拳でターゲットもしくは暗殺者とかち合うこともあったりと、油断ならないゲームです。

その『The Ship』の続編として Blazing Griffin が Kickstarter に挑戦したのが『The Ship: Full Steam Ahead』です(『Bloody Good Time』 という続編もありましたが、別のパブリッシャから発売されたせいか、なかったことにされています)。

Blazing Griffin は『The Ship: Full Steam Ahead』の集金開始を2012年10月31日、終了日を2012年12月31日、目標金額を128,000ポンドとし、Kickstarter で集金を実施しました。二ヶ月で集まった額は、目標金額の約14%である18,247ポンド。Blazing Griffin は『The Ship: Full Steam Ahead』の資金調達に失敗してしまいました。

 

最終結果
最終結果

 

失敗の原因は

Blazing Griffin は集金終了日の前日に、今回の Kickstarter についての記事をアップロードしています。もう目標額に到達しないことが確実な雰囲気のなか書かれた文章には悲壮感が溢れています。この記事では反省点として、以下の4つがあげられています。

1. 最初にアップロードした動画は、前作未プレイの人間には何をウリにしているかわかりづらかった。

  • Kickstartar のページは別の動画に置き換わっていますが、最初にアップロードされた動画はこちらです。

無声映画風のオシャレな動画ではありますが、ゲーム内容はさっぱりわかりません。実は筆者もこの企画に pledge していました。正直なところ、この動画を見た時は「これほんとに『The Ship』の続編か?なんか似た別物じゃね?」と思いがら pledge したのを覚えています。今でこそ多少はゲーム内容がわかる動画に置き換わっていますが、スタートアップ時にこの動画では、最初のツカミを得られなかったと容易に推測できます。Kickstarter では、最初のツカミはかなり重要な要素です。資金を提供する側の心理としては、既存の賛同者が多い方が安心して pledge できるからです。ある程度の資金額が貯まっている企画は、自分以外の人間も魅力的に感じている企画だという証拠となり、更なる backer を呼ぶ宣伝となりうるのです。Kickstarter では資金額の状況が可視化されているため、この傾向が大きいように感じられます。

2. 物理的なグッズ付きの高額なリワードより、低額なデジタルダウンロードのリワードを好む backer が多かった。途中で高額なデジタルダウンロードのレベルを増やしたが、これが混乱や特典の重複を招いてしまった。

リワードの一例。長い、長いよ!
リワードの一例。長い、長いよ!

3. ドルではなくポンドで集金したが、普段ドル払いをしている人間には、数字的にポンドは割高に見えてしまう(例として、現在為替レートでは、20ポンドは32.81ドル)。

  • この理由には、少々疑問を感じます。こじつけっぽいというか……

4. 定期的に Kickstarter のページを更新し、他の集金よりも魅力的なところを見せるべきだった。
「非インディーとインディーとの違いはなんですか?」「広報がいるかいないかです」というスカム禅問答があります。初期の『Minecraft』がほぼクチコミだけで華やかなインディー街道を歩んだことは言うまでもありません。『Minecraft』の成功は実際に動作する未完成版を販売したことから始まります。『Minecraft』はアルファ版の時点で既に面白く、ゲームの完成へ期待に胸寄せるゲームでした。

ですが Kickstarter では、backer は支払う金額を決定する時点ではゲームに触れることが出来ません(その時点で demo が完成していれば別ですが)。目標金額へ到達するためには、プレイアブルでないゲームの魅力を説明し、より多くの backer と資金を集めなければいけません。いかにインディーといえども、Kickstarter で成功するためには、広報的な戦略が必要となります。Blazing Griffin の反省点は、Kickstarter で成功をつかみ取ろうとする者にとって普遍的な教訓といえるでしょう。