「S.T.A.L.K.E.R.」の子孫『Areal』の闇
7月22日、『S.T.L.K.E.R.』のSpiritual Successor(いわゆる「精神的続編」)をうたう『Areal』のKickstarterが保留処置をくだされました。目標額の5万ドルを突破しあと少しでゴールというなかでの中断です。支援したユーザーへ送られたメールによれば、保留となったのは「『Areal』がKickstarterのルールを破っている証拠が発見されたため」とされています。開発担当のWest Gamesは海外メディアへ公式声明を発表し、自身らが『S.T.A.L.K.E.R.』のクリエイターであることをあらためてうったえました。
『Areal』と、それを開発している彼らの正体は何なのでしょうか?
『S.T.A.L.K.E.R.』の子孫たち
サバイバルホラーFPS。『S.T.A.L.K.E.R.』は2007年に発売されました。開発はウクライナのデベロッパーGSC Game Worldです。チェルノブイリ原発事故により奇妙な現象が発生するようになった地区"Zone"を舞台に、記憶をうしなった主人公がすこしずつ真相にたどりつく物語を描いています。すみずみまで創りこまれたゲームワールド、作品全体をおおう重苦しくも魅力的な空気感で、当時、多くのコアゲーマーから高い評価を獲得した作品です。
その後『S.T.A.L.K.E.R.』はシリーズ化され、第4作目として『S.T.A.L.K.E.R. 2』のプロジェクトが始動します。しかしその後GSC Game Worldはなかば閉鎖状態となり、そして2012年には同作のキャンセルを発表しました。それにともない『S.T.A.L.K.E.R. 2』を開発していたスタッフたちが同年に新規スタジオVostok Gamesを立ち上げます。Vostokが現在も開発しているタイトルはFree-to-PlayのMMOFPS『Survarium』です。ゲーム内容と、GSCがもはや新作を開発できない状況であるとの見方をあわせて『S.T.A.L.K.E.R.』の子孫として認識されてきました。
『S.T.A.L.K.E.R.』のDNAを受けつぎ実際に開発されている作品は、Vostokの『Survarium』に、2006年に元GSCのスタッフたちによって設立された4A Gamesの『Metro』シリーズくらいでした。が、今年6月に入ってあらたにWest Gamesが後継者の名乗りをあげます。彼らは自身が『S.T.A.L.K.E.R.』の元開発コアメンバーであり、精神的続編として『Areal』を開発していると発表しました。
『Areal』の舞台は"Metamorphite"と呼ばれる謎の物質により人類文明が崩壊した未来の地球です。詳細に描かれたオープンワールドとノンリニアなストーリー、そして生命体の行動パターンをシミュレートする"X-Life"システムとミュータントが存在します。『S.T.A.L.K.E.R.』と照らしあわせてみると、"Metamorphite"を"Artifacts"、"X-Life"システムを"A-Life"システムなど、原作と瓜二つな内容です。まるで真の『S.T.A.L.K.E.R.』の帰還であるかのように、West Gamesは同作を「最も信頼のおける精神的続編」とアピールします。そしてKickstarterにて開発資金を集めようと試みますが、その船出は波乱に満ちあふれたものとなりました。
噴出する黒い疑惑
まず一部のユーザーがKickstarterの初期目標額が5万ドルである点を不審に思いました。『Areal』はオープンワールドのAAA級プロジェクトとなるはずです。ましてや『Duke Nuke Forever』に比肩する"延期プロジェクト"『S.T.A.L.K.E.R.』の精神的続編が、わずか500万円ぽっちで開発できるのか。早期アクセス版の発売などを考慮しても、ずさんといわざるをえないプランです。
Kickstarterスタート時に公開された映像は、『S.T.A.L.K.E.R.』シリーズ過去作のトレイラーや技術デモ映像をつぎはぎした内容であることが発覚しました。一部オリジナルと思われた部分ですら、Unityエンジンのデモと酷似していることが判明します。これに対しWest Gamesはビデオアップデートにて、様々なゲームエンジンを通して現在『Areal』を開発中である、とだけ釈明しました。
『S.T.A.L.K.E.R.』の精神的続編『Survarium』を開発していたVostokは、彼らが「自称元開発者の"詐欺者"」であるとフォーラムにて異例の注意をうながしました。このトピックはのちにWest Gamesの要請により削除されています。実際にはたしかに『S.T.A.L.K.E.R.』に関わっていた人物がWest Gamesには存在していたからです。
しかし2000年から2012年までGSCに在籍していた現VostokのOleg Yavorsky氏は、トピックを削除したあとも海外メディアEurogamerにて不信感をあらわにしています。長期化した『S.T.A.L.K.E.R.』の開発に数百人の人々が関わったことを指摘し、ベータテスターから武器のモデラーまでさまざまな人が存在したと説明しました。そして「一部の人々はGSCで相当な期間働いてた。しかし彼らがコアチームであるというのは大袈裟だろう」と結論づけています。「最も信頼のおける『S.T.L.K.E.R.』の精神的続編」を後追いのスタジオに名乗られたVostok、心中はおだやかではなかったでしょう。
『S.T.A.L.K.E.R.: Call of Pripyat』巨大Mod「Misery」の開発者は、発表当初から一部のユーザーたちと共に『Areal』の問題を指摘していた人物です。彼はKickstarterにて2013年に設立されたと紹介されていたWest Gamesが、米国ネバダ州で2014年5月に登録されていたのを発見しました。そしてWest Gamesと『Areal』がこの企業登録を進めたLeonid Kovtunなる人物による詐欺のための会社とゲームではないかと追及します。しかし彼の発言はのちにWest Gamesの要請により削除されました。VostokとMod「Misery」の開発者はこれ以降、『Areal』に対して沈黙を守ります。
しかしこの騒動のあいだも、海外ではフォーラムを中心に『Areal』の正当性に関する調査が続けられました。Leonied Kovtunが過去に複数の失敗したKickstarterプロジェクトやいくつかの訴訟に関与していた疑惑が浮上します。West Gamesは自身の前身であるUnion Studioが作っていたプロジェクトが『Suvarium』だと宣言したものの、Vostokより「Union Studioとは一切関係を持ったことはない」と断言されました。海外フォーラムRedditのAMAスレッド(ファンからの質問に答えるスレッド)では、公式FAQに掲載された文章をコピー&ペーストして返答するナンセンスな対応を披露しています。
実際のゲーム映像やスクリーンショットがない。『Areal』は本当に完成するのか。そしてWest Gamesとはいったい何者なのか。とめどなく流れだす疑惑をWest Gamesはせきとめられません。発表から数日で同作は多くのユーザーから疑いの眼差しを向けられることになります。
プーチン大統領の娘に支援されたゲーム?
このあともWest GamesはKickstarterページや海外メディアを通して積極的にゲームと自身らについて語ります。しかしそれは紹介というよりも、疑惑に対する釈明でした。Kickstarterではスタートダッシュとともに3万ドル以上の資金があつまりましたが、数々の疑惑の浮上とともにその勢いも急停止します。コメント欄は信じる者と信じない者による論戦で荒れ狂いました。West Games側もアップデートにて一部メディアや特定のユーザーなどをとりあげ、彼らが嘘偽りを広めていると泥沼の舌戦をくりひろげます。
そんななかでも、West Gamesにとってポジティブなニュースがいくつかありました。ひとつは現在も残存するGSC Game Worldの公式Facebookページが「かれらはたしかに『S.T.A.L.K.E.R.』のクリエイターたちである」と連日対応してくれたことです。また『S.T.A.L.K.E.R.』とVostokの『Survarium』のリードゲームデザイナーAlexey Sytyanov氏がWest Gamesへ参加すると発表されました。ついにプロトタイプ版のゲームプレイ映像も公開されます。ただこちらはふたたびUnityのアセットパックを使用したものではないかと嫌疑がかけられていました。
それでも『Areal』のKickstarterは残り1週間を切って5万ドルの目標額に達しない状況が続きます。しかしこの苦境を打破するビッグなニュースがWest Gamesに到来しました。『Areal』をプーチン大統領の娘が支援した可能性がでてきたのです。そう。第4代ロシア連邦大統領のウラジミール・プーチンです。
West Gamesは「今日奇妙なメールを受け取ったよ……」とKickstarterにてプーチン大統領から受け取ったかもしれないと手紙を公開しました。当初はただのいたずらと感じていたものの、よく読んでみると本当かもしれないと思い始めた、らしいです。
常識的に考えれば偽物である蓋然性が高いのですが、ひとまず「露語を読める日本人はそれほど多くない」という大前提に立脚すると、ワンチャンスこれが本物である可能性があるのではないか? と信心深くなれなくもありません
ただし、弊誌編集部調べでこの文書にいくつか問題があることが判明しています。ひとつ、レターナンバーがないこと。ふたつ、大統領府公印がないこと。みっつ、書かれたロシア語はたしかにネイティブのものではあるがウクライナの文法に則っていること。この3点をして、「これは偽物」と判断するのが妥当そうです。ちなみに、本物の露大統領府公式ページには大統領宛にメールを出すリンクがあります(本当に届くか、届いた結果どうなるか等は不明)。
さて、この"偽造文書"の内容は以下のとおり。「私の娘が『S.T.A.L.K.E.R.』の精神的続編である『Areal』について語ってくれた。彼女はKickstarterで君たちのプロジェクトをサポートするため資金を提供したそうだ。私もシューターだけでなくビデオゲームが好きで、君たちのアイディアを気に入っている。われわれにとって重要なのは互いに撃ちあうのではなく、かわりに、ゲームのようなものをプレイすることだ」。
この自称プーチン大統領は初代『S.T.A.L.K.E.R.』がウクライナを舞台にしていること、そして『Areal』がロシアを舞台にしていることも指摘しています。そしてアルファ版をもし自身にプレイさせてくれるなら、West Gamesをクレムリンに招待すると約束しました。このメールが本物であるとするならば、プーチン大統領は現実世界で戦争をやめて一緒にゲームをしたいと願っているわけです。コメディなのでしょうか。(関連: 2014年ウクライナ騒乱)
このあまりにタイミングのよすぎるプーチン大統領からの手紙で、ふたたび『Areal』は大きな注目を集めます。およそ1万ドル以上を一挙に集め初期目標額の5万ドルを突破しました。このメールが本物であったのか、West Gamesの面々がクレムリン宮殿に招待されたのかは、現在でもあきらかにされていません。
ふたたび資金を集めはじめている『Areal』
現在West Gamesは公式サイトであらたに5万ドルの獲得を目指すクラウドファンディングを進めています。しかし目標額達成時にサポートする額を約束するKickstarterのPledgeとは異なり、今回のクラウドファンディングはPayPalやクレジットカード経由です。即座に支援金は支払われてしまいます。はたして5万ドルに到達しない場合、ゲームは本当に開発されるのか、そしてあつまった資金はどこにゆくのでしょうか。『S.T.A.L.K.E.R.』の後継者を名乗る『Areal』は、8月6日時点で約1万3000ドルを獲得しています。