ヤギのもとに集いし”シミュレーター”ゲームたち

Kickstarter や Indiegogo などがゲームジャンルでも大きな賑わいを見せ、もはや開発資金獲得の1つの手段として確立された感すらあるクラウドファンディング。[MythStarters]は、そんなゲームプロジェクトにおけるクラウドファンディングの光と闇を追っていく不定期連載企画です。第3回目となる今回は Kickstarter の枠をいくらか超え、”手術”に始まり”ヤギ”で爆発したシミュレータージャンルの現在に触れていきます。

 


”シミュレーター”の枠を無理やり広げたゲームたち

 

本来のシミュレーターの姿
本来のシミュレーターの姿

 

ゲーミングにおけるシミュレーターとは、ある特定の物事をリアリティを持ってシミュレートするゲームを指しました。一般的なものであれば『電車にGO!』を筆頭とする「運転手シミュレーター」や、Microsoft の「フライトシミュレーター」。ベーリング海でのカニ漁ドキュメンタリー番組をゲーム化した『Deadliest Catch Sea of Chaos』。深海に沈んだタイタニック号を潜水艇で調査する『Dive to the Titanic』など興味深い内容のものもあります。

ですがゲーミングにおけるシミュレーターという言葉の定義は、2013年4月19日に別の意味を持つようになります。『Surgeon Simulator 2013』の登場です。Bossa Studios からリリースされた”手術シミュレーター”を称する『Surgeon Simulator 2013』は、実際には信じられないほど不器用な医者が患者の肉体を切り裂き分解していくというゲーム内容。医学的な知識や検証などそこには一切ない、しかしあまりにお粗末な手術と物理演算からかもしだされる狂気に思わず笑ってしまう。いわゆる「バカゲー」の1種でした。

元祖バカシミュ
元祖バカシミュ

そしてこの流れに沿って今年登場した『Goat Simulator』は記憶に新しいところです。本来は『Sanctum』という SF ワールドが舞台の真面目なタワーディフェンス FPS シリーズを手がけている Coffe Stain Studios が4月1日に放った同作。ヤギシミュレーターとは題しているものの、その実は Game Jam 生まれの即興的な作品で、ヤギの3Dモデルを走らせて人や物を破壊しつくす物理演算バカゲーム。『Surgeon Simulator 2013』と同様にリアリティあるシミュレート要素は一切ありません。

またこの2作に加え最近話題となったのがクマシミュレーターこと『Bear Simulator』。Kickstarter にてクラウドファンディングが実施されている同作は、すでに初期ゴールの2万9500ドルを超え、8万ドル以上を集めています。筆者の目には「二足歩行のモデルをクマに張り替えただけの一人称視点サバイバル」に見えないこともないですが、謎の扉がこつ然と登場する様子や古代の秘密の力を備えたタトゥークマスキンなんかはクールですし、トレイラー最後のホラー演出なんかも魅力的に見えます。まだ悪くありません。

 


枠が広がった結果

 

”シミュレーター”の幅を広げてしまった作品らを批評しようという意図はありません。むしろ筆者 ishigenn はジャンルという枠組み自体を逆手に取ってくるスタイルのゲームは大好物で、『Surgeon Simulator 2013』も『Goat Simulator』も「どこがシミュレーターなんだよ」と大いに笑わせていただきました。問題となってくるのは、この広げられたシミュレーターという枠と盛り上がりを見て「俺たちも通り抜けられるんじゃない?」と後追いする人々が登場しはじめたということ。

何を申しあげたいのかというと、ごらんのありさまです。

 

『Tabletop Simulator』

 

 

『EVA the VR astronaut simulator』

 

 

『Line Simulator 2015』

 

 

『Cat Simulator』

 

 

『Greenlight Simulator 2015』

 

 

この5本のタイトルは全て『Goat Simulator』のトレイラーが爆発的なヒットを迎えた2月の直後から、多くが3月末か今月中にも登場した”シミュレーター”タイトルたちです。『Tabletop Simulator』は一見面白そうですが、現時点ではスコアカウントや勝敗判定などビデオゲームらしいシステムに関する映像や記述が一切見当たらず。”無限に自由に遊べる”というアピールだけが先行している状況となっており、ただオブジェクトに物理シミュレートを加えただけという匂いが立ち込めています。今年2月に Kickstarter キャンペーンを実施し3万ドルを獲得したばかりであるのに4月にはもう早期アクセス版が発売を迎える予定で、「乗るしかないこのビッグウェーブに」的な足早さも感じ入られるところです。

『11.09.2002 Simulator』
『11.09.2002 Simulator』

Oculus Rift で船外活動をシミュレートする『EVA the VR astronaut simulator』。行列に並び苛立ちを楽しむという『Line Simulator』(そういえばこんなものもありました)。実際に良いシミュレーターゲームになるかどうかは別として、どちらも題材選びは悪くありません。ただトレイラーからはいかにもな即席感が漂います。両作は記事を投稿した時点で現在も Kickstarter キャンペーンに挑戦していますが、やはりどちらも資金の獲得率はかんばしくないようです。動物シミュレーターのブームに乗っかったように見える猫シミュレーターの『Cat Simulator』は、3Dモデルとアニメーションだけで登場し例の BGM を拝借している点も苦い笑いを提供してくれます。「このアイディアどや」な空気が漂う『Greenlight Simulator 2015』はまだ実際のプレイ映像すら登場しておらず、Game Jam にて即興で作ったプロトタイプゲームですらありません。完全に開発者の頭の中で渦巻いているだけの構想の段階です。

そして、ある日 Steam Greenlight に投下された爆弾『11.09.2002 Simulator』に至ってはきわめつけともいえるコンセプトで、どんな笑い上戸でもクスリとも笑えない最悪のジョークとなりました。Steam Greenlight から即座に削除され現在はキャッシュからしか確認できないのも当たり前。スクリーンショットからは冗談の投稿ではなく実際に作りかけていた様子も見られます。彼らが突き進んでいた場合には一体どのようなリアクションを周囲から得ていたのか、ほんのちょっぴり気になるところです。

 


本来の”シミュレーター”ブームはきていない。馬鹿シミュもそろそろ難しい

 

本来の意味での”シミュレーター”とは、各ジャンルにおけるマニアたちが本物さながらのバーチャル体験に没頭するためのもの。面白さのキーは「それらしい雰囲気」や「それらしい操作性」などで、進化したごっこ遊びが理想型なのです。物理演算やコリジョンを設定してワールドをシミュレートしている風に見せたり、スクリーンや Oculus Rift から一人称視点でワールドをのぞいたりするだけでは、クールなシミュレーターは生まれません。ただ名前にシミュレーターとついたからといって、本来のシミュレーターファンたちは食いつかないのです。

3D モデルを着せ替えて壊れた物理演算で笑いと取る「おバカシミュレーター」は、もう『Surgeon Simulator 2013』や『Goat Simulator』がほぼやり尽くしています。オーディエンスから面白いという感想を勝ち得るのは、そろそろ難しい状況になってきていると言えるでしょう。

最高の一発ギャグだって何度もやられてしまったら飽きます。笑いを通り越して哀愁が漂います。引きつった笑いを誘うような芸人のごときタイトルがこれ以上登場しないよう、お節介ながらもシミュレーターブームに乗ろうとする方々へ提言したいところです。

Shuji Ishimoto
Shuji Ishimoto

初代PlayStationやドリームキャスト時代の野心的な作品、2000年代後半の国内フリーゲーム文化に精神を支配されている巨漢ゲーマー。最近はインディーゲームのカタログを眺めたり遊んだりしながら1人ニヤニヤ。ホラージャンルやグロテスクかつ奇妙な表現の作品も好きだが、ノミの心臓なので現実世界の心霊現象には弱い。とにかく心がトキメイたものを追っていくスタイル。

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