『星のカービィ』の物語はこの10年で何が変わったのか? カービィのストーリーテリングとその未来 

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カービィは不思議な生き物だ。誰もが見れば頷くことだろう。飛んで跳ねて、吸い込んでコピーする。摩訶不思議なピンク色のわかものが、カービィなる存在である。それゆえに、カービィを中心として展開する物語もまた、おとぎ話のようにファンシーなストーリーであると認識しているユーザーも多いことだろう。 

しかし、実はカービィをめぐる物語は、一筋縄ではいかない。『星のカービィ』(以下、カービィ)シリーズで語られる筋書きは、時代により変化し、そのときどきでまったく異なる表情を見せてきた。とりわけ、初代『星のカービィ』を手がけた桜井政博氏が描いた『カービィ』を考えると、現代における『カービィ』シリーズのストーリーテリングはまったく様変わりしたといえる。 

そこで本稿では、3月25日に来たる『星のカービィ ディスカバリー』を前に、ここ10年の『カービィ』におけるナラティブを振り返ってみたい。過去と現在を踏まえて見えてくる視座から、新作に寄せる期待を盛り上げるお手伝いができれば幸いだ。なお本稿は、桜井氏の手がけた初期作品群を起点として、近年のメインストリーム作品を振り返ることを目的としている。そのため、『星のカービィ2』『星のカービィ3』『星のカービィ64』などを手がけた下村真一氏による作品群や、開発会社フラグシップが手がけた時代、外伝作品などに関する言及が欠けている点にはご容赦いただきたい。また、近年の『カービィ』作品の核心に迫るネタバレを含む点にも注意してほしい。 
 


不思議な生き物、カービィ 

「カービィはなぜ3人に増えるのか」。この問いに答えられる人間は多くない。『カービィ』シリーズでは、ステージクリア時、カービィがダンスを披露するのが定番の演出である。そしてこのとき、カービィはしれっと3人に分裂する。団子のように並んだカービィが画面を所せましと踊り明かし、プレイヤーのゴールを労ってくれるわけだ。たしかにおめでたい。が、意味は分からない。なぜ急に分裂するのか、理不尽である。 

そして、「なぜ3人に増えるのか」という問いかけに、唯一回答するに値する人間がいる。初代『星のカービィ』を手がけたゲームクリエイター、桜井政博氏である。今やシリーズおなじみとなってしまった突飛な演出を最初に手がけたのは、ほかならぬ初代ディレクターの桜井氏であった。そして同氏はすでに、なぜカービィが増えるのかという問いに回答している。答えはずばり、「その方が楽しいから」である。 
 

 
このように、桜井氏が手がける『星のカービィ』作品には理不尽な演出が数多くある。なぜ、カービィは増えるのか。なぜ、さつまいもで無限に飛べるのか。道中でカービィを運んでくれるワープスターは何者なのか。夢の泉はなぜ夢を見せるのか。初期の『カービィ』の世界には、こうした不条理があって当然だった。桜井氏はファミ通のコラムにて、「理屈では語れない、不思議な世界の不思議な生き物。それがカービィです」と言及。「考えるな! 感じろ!!」と吹っ掛け、読者を迷宮へと誘っている。 

「不思議」は、初期『カービィ』作品を語るうえで欠かせない柱だった。何の説明もなく荒唐無稽な展開が繰り広げられる世界は、理不尽で、ややもすれば不気味でもある。しかし、答えの用意されない不思議な世界は、それだけプレイヤーに解釈の余地を残した世界でもあった。海外版で「Dream Land」と称されるように、カービィやプププランドはいかようにも変容できる、夢幻の世界だった。想像の余地を残す不思議さが、初期『カービィ』の根幹をなしていたといえる。その方針は、桜井氏が『カービィ』シリーズに関わらなくなって以降も、脈々と受け継がれていったといえるだろう。 
 

 
ところが、こうした傾向はここ10年近くで変化を見せている。その影響は、近年の作品でディレクションを手がける熊崎信也氏の作風に負うところが大きいと考えられる。 

 
熊崎Dの描く『カービィ』 

熊崎氏は、2002年にハル研究所へ入社。『カービィのエアライド』のデザインや『タッチ!カービィ』ストーリーなどを手がけたのち、2008年の『星のカービィ ウルトラスーパーデラックス』からディレクターを務めるようになる。同作はスーパーファミコン版『星のカービィ スーパーデラックス』のリメイク作として、旧作を下敷きにしつつ、新たなモードを追加。ストーリーもあわせて拡張されるなど、オリジナル版を基盤としつつ熊崎氏のカラーが見える作品となった。 

そして2011年に発売された『星のカービィ Wii』では、熊崎氏のカラーがより顕著に。同作は、従来シリーズと比べてもかなりテキスト量が多いことが特徴だ。宇宙船が不時着してしまったというキャラクター・マホロアを助けるなかで会話シーンが頻繁に挿入され、交流が丁寧に描かれた。また終盤の急展開でも台詞テキストを活用。カービィを裏切り宇宙侵略に乗り出すマホロアの目論見を丁寧に説明し、物語に納得感を与えていた。 

積極的にテキストで物語を語る傾向は、続く熊崎氏の『カービィ』作品でも受け継がれていく。2014年の『星のカービィ トリプルデラックス』、2016年の『星のカービィ ロボボプラネット』でも、台詞をともなうムービーがふんだんに用いられ、登場キャラクター同士の思惑や裏切りなどが複雑に描かれるようになった。 
 

 
くわえて特徴的なのはスペシャルページとMiiverseの活用だ。スペシャルページは、ボス戦でのポーズ時に確認できる画面のこと。ボスにまつわる特別なフレーバーテキストが書かれている。『星のカービィ Wii』までは一部ボスのみの実装だったが、『星のカービィ トリプルデラックス』以降は全ボスに導入された。 

そして熊崎氏の作品では、とくにラストボスや黒幕に関して、スペシャルページにてその来歴が詳細に語られる。たとえば『星のカービィ トリプルデラックス』のラストボス「クィン・セクトニア」については、かつて従者と仲睦まじく暮らしていたものの、徐々に悪に染まっていった過去が明らかに。そして『星のカービィ ロボボプラネット』の「プレジデント・ハルトマン」については、娘と生き別れ、記憶を失くし暴虐の道に走っていったことが語られた。熊崎氏の『カービィ』作品においては、黒幕が悲劇的な過去を背負っていることが大きな特色として挙げられる。 
 

 
そしてもう一つ注目したいのが、Miiverseにおける広報活動だ。Miiverseは、かつてWii Uに内蔵されていたネットワークサービス。コミュニティに文字を投稿できるほか、ゲームのスクリーンショットや手描きのイラストをシェアすることもできるコミュニケーションツールだった。そして当時、『カービィ』開発チームはスタッフルームを開設。『カービィ』作品について、開発事情などをさまざまに発信していた。そうしたなかでは、ストーリー上の裏話なども積極的に提示。「カービィたちの星には月が複数ある」「カービィが搭乗する機械(ロボボアーマー)はすべて記憶がリンクしている」など、作中で明らかにされない設定などが数多く発表されたのだ。 
 

 
キャラクターが何を考えて行動しているか、台詞によって細かに説明される。物語の周縁を形作る設定に関しても、外部プラットフォームで展開するテキストにより事細かに解説される。これが、熊崎氏の『カービィ』作品のナラティブにおける大きな特色といえるだろう。自身のストーリーテリングについて熊崎氏は「間口は広く、奥は深い」とのポリシーを明かしており、のちの作品のインタビューでは「物語の間口はのんきなカービィの冒険から始まり、後半にはどんどん壮大になりつつ、あくまで奥深さのためのサブ的な要素として潜ませておく」との方針を明かした(星のカービィ スターアライズ 公式設定資料集)。とはいえ「奥は深い」部分に盛り上がるコア層は少なくなく、断片的に公開された情報をつなぎ合わせ、より大きな世界観を考察する動きも盛んになった。 

一方で、熊崎氏の手がける『カービィ』シリーズは、桜井氏などが手がけた「語らない」初期作品とはかなり趣を異にする。シリーズの作風の変化を受けて、古くからの『カービィ』シリーズファンは戸惑いの声を挙げることも少なくなかった。こうした風潮があるなか、2017年に大きな出来事が起こる。 

 
「不思議」の足りないカービィ? 

『カービィ』シリーズの25周年を祝するイベントとして、2017年に「星のカービィ25周年記念オーケストラコンサート」が開催。東京と大阪で全6公演が執りおこなわれた。同公演では、公演を記念したパンフレットを販売。そのなかには、桜井氏や熊崎氏など、『カービィ』シリーズに携わったスタッフのコメントが掲載された。注目を集めたのは、このなかの桜井氏のコメントだった。 

桜井氏の言及によれば、「カービィは不思議な生き物であるということが大事」だという。クリア時に3人に分裂すること、初代『星のカービィ』エンディングで巨大化すること、コピー能力で変幻自在となることなどに触れ、「ほかのキャラクターではできないようなことを、ごく自然にできるのがカービィのうま味であり、おもしろ味」だと言及した。そして桜井氏は、続けて昨今の『カービィ』シリーズへ言及。「3人で踊るのが当たり前というか、その不思議感が安定の域に到達している」とし、「その世界の文化などを具体化することによって、カービィたちが土着したというか、普通のものに近づいてしまっている感じがしています」とコメントした。 

桜井氏は「『理不尽を楽しめ』というのは重要なこと」としつつ、「理不尽なことに対してひとつひとつ説明されないと納得できない人がいるのも理解できます」「今の時代がそういったことに向かない部分がある」ともコメント。これを踏まえて、「でも、『カービィは不思議であることが当たり前』です」「これからも『カービィ』シリーズが制作されていく中でひとつだけ注文をすることが許されるのであれば、『不思議を大事にしてほしい』ということですね」と結んだ。 
 

 
このコメントはカービィファンに議論をもたらすこととなる。「その世界の文化などを具体化」「理不尽なことに対してひとつひとつ説明」する傾向は、近年の熊崎氏による『カービィ』作品に見られる作風だったからだ。熊崎氏の手がけた作品では、キャラクターの意図や世界観の背景などが詳細に説明され、納得感を与える構成となっている。一方、それは解釈の余地が残されていないつくりともいえる。多くの設定が明かされているために、熊崎氏の『カービィ』は想像の余地が残されていない。こうした熊崎氏の作風を、桜井氏が遠回しに批判したのではないか――このように推測するファンが出現したのだ。 

桜井氏の描く『カービィ』世界には、理不尽な出来事が数多く起こる。数々の疑問をプレイヤーに残し、答えの出ない謎を許容する「不思議」の世界だ。対して熊崎氏の作品は、たしかにストーリー上の謎や秘密をもたらしはするが、その裏には答えが用意されていることが示唆される。そうした意味では、不思議というよりも「ミステリー」「謎解き」に近い作風と形容することができるだろう。 

もちろん桜井氏が熊崎氏の作風を名指しで批判したわけではなく、ごく一部のファンの間で憶測が立てられたにすぎない。しかし『カービィ』の現状を問う桜井氏のコメントが出たことで、最新の『カービィ』を手がける熊崎氏がどのようなアンサーを示すのかは注目を集めることとなった。そうしたなかで発売されたのが、2018年の『星のカービィ スターアライズ』だ。 
 

 
『星のカービィ スターアライズ』が見せた新たなかたち 

同作は、Nintendo Switch向けに発売された横スクロールアクションゲーム。ハートを投げて敵を仲間に加える新アクションを駆使して、4人で協力して冒険を進めることができる。同作では『カービィ』シリーズ歴代過去作からもゲストキャラクターが参戦し、一堂に集結。25周年を締めくくる、お祭り的作品として発売された。 

『星のカービィ スターアライズ』におけるストーリーとしては、3人の敵幹部や、ラストボスを崇拝する狂信者といったキャラクターが登場。キャラクター同士の人間関係や過去作品をまたいだ世界観のつながりなど、複雑な裏設定がゲーム内で説明されている。こうした側面は、近年の熊崎氏作品を踏まえた順当な流れであるといえる。 

ところが一方、ラストボスについてはあるサプライズが用意されていた。今作最後に出現するラストボス「エンデ・ニル(ソウル・オブ・ニル/星誕ニル)」は、カービィそっくりの顔をしていたのだ。同ボスには、直近の熊崎氏作品と同様、ポーズ画面で閲覧できる豊富なフレーバーテキストが用意されていた。しかしいずれの文章においても、明確な出自は提示されず、その正体は不明なまま。カービィの姿のみならず、シリーズ歴代ラストボスの形相も真似てみせるなど、数多くのプレイヤーに衝撃を与えた。 
 

 

 
同ボスについては、さまざまな意見が飛び交った。カービィ似の顔や歴代ラストボスとの共通点を取り上げ、「実はカービィの出生は歴代ラストボスと同様だったのではないか」とか、「『星のカービィ』発売前に企画され、没になった『ティンクル・ポポ』の生まれ変わりを示唆しているのではないか」など、多くの仮説が立てられた。またファンのなかには、「カービィの出生」を示唆するのはタブーであるとして、ニルにまつわる考察を嫌う層も存在した。 

重要な点として、ニルについてはほかの熊崎氏作品ラストボスと比して、断定的な設定が語られていないことを挙げておくべきだろう。これは、従来の熊崎氏作品の傾向を考えると、異例であるといえる。2021年に発行された「星のカービィ スターアライズ 公式設定資料集」にも、ニルについてディレクター(熊崎氏と思われる)のコメントが記載。デザインについて、「謎と不思議を残した集大成キャラクターを目指しました」と言及されている。 

もちろん『星のカービィ スターアライズ』は2015年に企画が立案されたと伝えられており、そのすべてが2017年の桜井氏の発言を受けて設計されたとはいいがたいだろう。とはいえ同作は、周辺キャラクターの掘り下げや設定開示を可能な限りおこないつつ、最後の最後でラストボスに関する情報の提示を控えた。それは、「謎解き」としての作風を得意とする熊崎氏が、答えを明かさない「不思議」へアプローチした挑戦の姿勢として受け取ることもできるかもしれない。 
 

 
『星のカービィ ディスカバリー』へ 

「『星のカービィ』シリーズを次の未来に踏み出すため」「集大成」として制作された『星のカービィ スターアライズ』。同作を経て、「次の未来」として提示されたのが、今年3月25日に発売される『星のカービィ ディスカバリー』だ。同作では、シリーズ初の3Dアクションが展開。奥行きのある空間にて、カービィが縦横無尽に冒険を繰り広げる。シリーズ30周年を迎える節目の年に、まさに新時代にふさわしい挑戦に切り込む作品だ。 体験版では新たな相棒「エフィリン」が台詞を話すカットなども見られ、テキストによるストーリー進行なども用意されているのだろう。 

しかし、それとは異なる方向の期待を感じさせる要素もある。『星のカービィ ディスカバリー』の舞台となるのは、自然と文明が融合したという「新世界」。緑に飲み込まれた高層ビルや打ち捨てられたショッピングモール、廃遊園地など、美しくもどこか荒廃感のあるロケーションがステージとなっている。『カービィ』らしい色鮮やかさに彩られてはいるものの、一般的に「ポストアポカリプス的」と形容される背景設定となっているのだ。 
 

 
この舞台装置は、『カービィ』の世界観と相性がいいように思われる。ポストアポカリプス的な世界は、一般に科学文明が崩壊した後の世界とされる。そしてそこで目にするのは、かつての日々の残骸、そこで生活がおこなわれていた痕跡だ。そのなかを巡るプレイヤーは、残された文明の遺物から、ありし日を想像することになる。そう、ポストアポカリプス的な世界は、つねに想像の余地をもって描かれるのだ。テキストや台詞で説明されるのではない、想像の余白にこそ、「不思議」が芽吹く空間が生じるのではないだろうか。『星のカービィ ディスカバリー』は、説明されるのとは違う、暗示や示唆に富んだ物語を提示してくれるのかもしれない。 

そして不思議さの萌芽は、カービィそのひとにも宿っている。今作で新たに披露されるカービィの新能力が、「ほおばりヘンケイ」だ。同能力では、カービィが自動車や自販機など、文明の残骸を豪快に吸い込む。やわらかな身体をダイナミックに活かして変形し、ほおばったものに応じた能力を発動するのだ。何といっても見た目のインパクトが抜群な同能力。ともすれば噴き出してしまう人や、ちょっと不気味に思う人もいるだろう。しかし思い返してみれば、初代『星のカービィ』でもバルーン状に巨大化し、城を運搬するという暴挙に出たカービィである。見慣れない異形の姿にヘンケイしたカービィは、まだまだ正体不明だったあの時代のカービィのように、我々に驚きと不思議を見せてくれる予感を味わわせてくれる。 
 

 
説明しない「不思議」を掲げた桜井氏の作品群、緻密な「謎解き」の物語で構築された熊崎氏の作品群、そしてその両者の間のバランスぎりぎりで着地した『星のカービィ スターアライズ』。一度は集大成として出しきった『カービィ』シリーズは、『星のカービィ ディスカバリー』を経て、どのようなストーリーテリングを見せるのか。そこに不思議はあるのだろうか。3月25日に封切りとなる、新たな『カービィ』に期待を寄せながら、本稿の結びとしたい。 

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