『Inscryption』レビュー。話題にしたくてたまらない、カードをつかった、すごくおもしろいゲーム


『Inscryption』というゲームが発売された。遊んだ。すごいゲームだった。面白かった。みんなもぜひ購入して遊んでほしい。




……本来ならこれで執筆を止めるべきなのであろう。なぜなら『Inscryption』について公の場で語ること自体が禁忌と思われるからだ。しかし悲しいかな、私はライターである。身の回りの感動を文章に起こさずにはいられない性を背負った人種なのだ。よってこの禁を破る。どうか、まだ『Inscryption』を遊んでいない人は今すぐ公式ホームページに飛んで本作を購入しプレイしてほしい。私のいっていることの意味が理解いただけるはずだ。こうして書かずにいられなくなってしまった理由も。

本稿は『Inscryption』を遊んだ筆者によるレビューである。心から湧き上がる衝動をどうしても抑えることができなかった、いち人間の気色悪いうめき声だ。

作品概要

『Inscryption』は10月20日にDevolver Digitalより発売されたサイコロジカルホラーゲーム。カードゲームの要素を取り込んでいることに特徴がある。開発を担当したのはDaniel Mullins Games。『Pony Island』に『The Hex』と、これまでに「怪作」と呼ばれる作品を世に送り続けてきたことで知られている。日本語には対応済みで、翻訳を手掛けたのは架け橋ゲームズである。

※以下『Inscryption』の内容に関するネタバレが多分に含まれます。


















ローグライクなカードゲームではなくデッキ構築型カードパズルではなく探索型アドベンチャーでもなくARG


本作のPVを見ると「マス目と分岐のあるマップ」「盤上でおこなうカードゲーム」が確認できる。パッと見では『Slay the Spire』に代表されるローグライク要素を取り入れたダンジョン探索タイプのカードゲームという印象を受けるだろう。だがそれは本作がもつ単なる1側面に過ぎない。ゲーム側から提示されるいくつかの「カードゲームルール」の1つでしかない。

『Inscryption』では、ゲームの進行度に合わせ代わる代わる対戦型カードゲームのルールが提示される。プレイヤーはそれに対応しながらカードプールよりデッキを組み上げ、戦闘を通じて用意された目標を達成していかねばならい。

しかし、「ローグライクなカードゲーム」というルールひとつとっても、中身が洗練されているとは言い難い。用意されたカードプールの中に魅力的なシナジーを形成しているカードはほとんど存在しないし、ステージごとに登場するボスたちはそれぞれの勝ち方が明確である。運が良ければルールを瞬時に破壊できるほどのアイテムやカードを入手することもある。オリジナリティあふれるデッキを構築し頭を悩ませ勝ち進むのではなく、逐一提示される問に対し噛み合う答えを探し出す、まるでジグソーパズルのようにシンプルな内容へと落ち着いている。このパズルのような中身という傾向は「ほかのカードゲームルール」においても共通している。

だがそもそもとして、『Inscryption』におけるカードゲーム要素はゲームの中で大きな役割を果たしている部分ではない。本作にはポイントアンドクリックタイプの探索および謎解き要素があらかじめ備わっており、こちらをクリアすることではじめてゲームそのものが進行していく。カードゲーム要素は、探索対象や探索場所のアンロックに必要な鍵というポジションに落ち着いており、中身が簡単にクリアできる比較的シンプルな内容になっているのもこのためである。

ルールがコロコロと変わるカードゲームパズルをこなし、探索を繰り返していくと、やがてプレイヤーは謎の実写映像、作中随所に漂う違和感、そして本作の最奥にたどり着く。『Inscryption』はデッキ構築型カードパズルではなく、探索型アドベンチャーでもなく、「なぜ呪われたゲームが存在したのか」という謎をゲーム外の部分を含めて探るARG(alternate reality game 代替現実ゲーム)であったことが明らかとなるのだ。現在公式Discordにて有志による攻略がおこなわれている最中であり、ゲーム内外に隠された暗号やイースターエッグの解読が進められている。


違和感なくおこなわれるゲームスケールの拡大


『Inscryption』の優れた点は制作者の「演出力」「デザイン力」ともいうべき、ゲームの進行によって幾度となくおこなわれるゲームスケールの拡大を、ナラティブを絡めつつ極めて自然な形でおこなっている点にある。過去作で見られた演出の妙技がさらに磨き上げられているのだ。本作は「机と椅子で完結する」ローグライクなカードゲームから始まるが、突如として、「席を立って」ワンルームを探索することが可能となる。やがてプレイヤーを取り巻く状況はカードゲームと「広い世界の探索」が融合したカードゲームアドベンチャーというルールへと変化。多様なゲームルールの世界を渡り歩いたのち、最終的に探索すべき領域はゲームの外、「我々の生きる現実」へとシフトする。同時に単なるホラー演出と見られた実写映像は、『Inscryption』誕生の謎を解くヒントへと変貌を遂げる。

机と椅子から現実へゲームの舞台が拡大し推移していく『Inscryption』のゲームデザインは「ゲーム内でおこなわれるゲームマスター役の争奪戦」「そんなゲームがなぜ存在するのか」というメタフィクショナルな要素を絡めた物語とマッチしており、ルールの変更や世界観の拡大は物語における山場の演出として非常に効果的に機能している。ゲーム内で展開されるストーリー自体も、ゲーム内キャラクターの悲哀に、「面白さの押し付けになりがちな作品制作」や「ゲーム内での猟奇的な行為」に対する批評を織り交ぜた、切なくも美しい内容に仕上がっている。

オブジェクトやサウンドエフェクトの作り込みも素晴らしい。ルールごとに異なるカードの質感、ビジュアル。美しいドット、小気味よく、それでいておどろおどろしい絵づくり。メタフィクションを題材とする物語の難点として「ゲーム世界と現実の乖離をプレイヤーに意識させる演出が、作品に対する没入を阻害する」という点が挙げられるが、こだわりをもって構築された世界観と作品内に漂うテンポの良さは、幾度となく舞台とルールが変更されたとしてもプレイヤーをガッチリと作品に引き込み、スムーズに自然な形でゲームプレイを継続させてくれる。


また個人的には、本作のストーリーテリングにおける最終的な着地点をARGとしたことも興味深い試みであると感じている。というのも、遊ぶための事前準備として、プレイヤーたちを1つ仮想現実に送り込まなければならないARGにおいて、「プレイした時点で受け手の現実と仮想の境界を曖昧にできる」「世界観やストーリーを作り込める」コンピューターゲームという手段をラビットホールとして採用することは、かなり理にかなっているのではないかと考えられるからだ。とすると『Inscryption』はARGが先立って制作されたのかもしれない。

本作のARG自体は「攻略期限が明示されていない」「どこまで調査範囲を広げて良いのか暗に分からない」など、ルール設定の時点からしてクオリティ自体はそこまで高くはないのだが、ARGにコンピューターゲームを入場料やパンフレット代わりとして組み込むという方式には、娯楽としてさらなる進化を遂げるであろう可能性を感じた。


事前警告とネタバレの天秤


逆に『Inscryption』の難点を挙げるとすると、本作のストーリーテリングの手法が本稿執筆時点でおこなわれているプロモーションにマッチしていないこと。「実はカードゲームがメインのゲームではなかった」「机と椅子で終わらなかった」というサプライズを醍醐味の一つにしているため、純粋にカードゲームメインの内容を求めた消費者とのミスマッチが発生してしまっていることだろう。現に本作が売られているSteamには宣伝手法を批判するユーザーレビューが上がっている。

これは非常に難しい問題である。事前警告とネタバレの天秤はゲームの分野においてもホットなトピックのひとつだ。たとえば、2017年に発売されたアドベンチャーゲーム『Doki Doki Literature Club!』(ドキドキ文芸部)は猟奇的な描写を「隠し持っている」ことを作品における醍醐味の一つとしていたのだが、2021年に新たに要素を追加した『ドキドキ文芸部プラス!』として発売された際には初めから「サイコホラー」として宣伝されることになった。加えて作品内にはグロテスクな描写に対する事前警告のオプションなどが備わっている。作品の見せ方が大きく変質したのだ。

同年に発売されたループ型ミステリー『12 Minutes』は作中に暴力描写が多数登場し、ループを採用しているがゆえに、プレイヤーはゲームをクリアするまで際限なくそれを見せつけられ、体感する。本作にはそのむごたらしい暴力を活かした謎解きギミックも存在している。この内容に対し、「なぜ事前警告を入れなかったのか」という批判が寄せられることになった。その理由としてパブリッシャーは、本作のレーティングが17歳以上対象(ESRBのMレーティング)である点を挙げている。

サプライズは万人が楽しめるものではない。衝撃的な内容であればなおさらだ。それでいて回避することができない。極めてエゴイスティック、自分本意な行為であるといえる。その一方で「予想外」の存在がもたらす、知的欲求を刺激してくれたかのような快感と興奮は実に得難いものであることも確かだ。クリエイターがSNSなどを通じてプレイヤーと自発的にコミュニケーションをとる動きが盛んに見られるようになった現在。『Inscryption』における状況に関して疑問があるユーザーは、ぜひ公式Discordから意見を投げかけてほしい。受け手とのやりとりを通じて弁証法的にその形をアップデートし続けるのも1つのあり方だ。



本作のレビューは以上となる。『Inscryption』は間違いなく、今年度を代表する一本となるだろう。

Daniel Mullins氏の個性が光るトリッキーなゲームデザインのアイデアに、それを実現するため用意されたストーリーと、思わず作品についての話題を共有したくなるギミックが上手く噛み合っており、独自性の高い面白さを創出している。架け橋ゲームズによる翻訳も違和感なく素晴らしい。惜しむらくは、ARGに参加するにあたって、アメリカ在住じゃないこと(フロッピーディスクを掘りに行きたかった)、筆者の英語力が低いことだろう。難なく人と謎解きできるコミュニケーションがとれるくらいには上達したいところだ。