任天堂が、Nintendo Directミラー配信の自粛を要請し海外コミュニティから批判を受ける。背景には「E3共同配信」をめぐる騒動

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任天堂は6月16日、E3 2021の開催にあわせNintendo Directを放送した。同放送について任天堂は事前に、映像・音声のリアルタイムミラー配信をしないよう日本公式Twitterアカウントより要請していた。同投稿は、世界のゲームコミュニティから大きな反応を集めたものの、その内容には国内外で大きな温度差があったようだ。温度差が生じた背景には、E3のミラー配信にまつわる出来事があったと思われる。


任天堂が事前に自粛要請したのは、E3でのNintendo Directについての映像・音声のミラー配信、すなわち「放映内容をユーザーがそのまま同時にストリーミングする行為」であった。配信終了後であれば、ガイドラインを遵守すれば配信映像を取り扱った動画を投稿してもよいとしている。このツイートは瞬く間に拡散され、国内外コミュニティからはさまざまな声が寄せられた。その内容は賛否両論あるものの、英語圏では任天堂を批判する傾向が顕著だ。

その背景には、今回のE3にまつわるco-stream(共同配信)関連の騒動があるのではないかと考えられる。運営元ESAは、今年のE3について共同配信プログラムを設け、プログラム契約者のみに共同配信、いわゆるミラー配信を公式に許可する方針を取っている。この方針によりESAは海外コミュニティの多くから批判を受け、声明を出すに至る事態となった。その一連の騒動の発端となったのが、E3に先がけておこなわれたオンラインゲームゲームイベント、Summer Game Fest(以下、SGF)発起人のGeoff Keighley氏の投稿だ。

Keighley氏は、イベント出演者としてだけでなく「E3 Coliseum」プロデューサーとして約25年間にわたりE3に関わってきた人物だ。また、同氏はSGFのほかThe Game Awardsを手掛けていることでも知られ、多くの業界人との親交もあり、ゲーム界のセレブリティのひとりと言える。

同氏は昨年、E3の方針に抵抗を覚えたことを示唆し、E3からの降板を表明していた(関連記事)。結果的に2020年のE3は新型コロナウイルス感染拡大により中止に至ったものの、見方によってはE3を運営するESAと袂を分かち、今では独自のゲームイベントを主催するライバルとも受け取れる立ち位置にいる人物だ。そのKeighley氏のもとに、E3 2021の実施に先立ってESAからメールが届いた。「クリエイターのみんなは配信権を持ってないなら気をつけてくれ」という同氏のコメントと共に公開されたメールの内容は、ざっくりといえば「E3の共同配信者枠は埋まってしまいました」という趣旨のものだった。


このメールは、SGFでのE3共同配信申請への返信と見られる。Keighley氏が上記のツイートをすると、すぐさま一部海外コミュニティは紛糾。ESAの返信は「共同配信(Co-stream)契約ができない」というものであり、ミラー配信については「Twitch、YouTube、Facebookなど各プラットフォームの利用規約・ガイドラインに従うようおすすめします」と言及するに留めている。これは同時に、無許可でのミラー配信については、何らかの停止措置が取られてもおかしくない、と一部コミュニティに受け止められたようだ。

ミラー配信は、これまでは半ば黙認というかたちで、許可どりの必要なくできていた行為。だがESAが共同配信プログラムを設け、ESAが認めた公式配信とそれ以外の非公式配信とで分類されることに。それでいて、無許可にミラー配信をすると罰せられることが示唆されたわけだ。発信および行動の自由を重んじる傾向がある英語圏コミュニティでは、この対応に批判が集まった。また共同配信を断られたのがE3と関係浅からぬKeighley氏であり、この対応はESAの“意趣返し”ではないかという憶測が生まれたことも、議論を加熱させた一因と見られる。

議論や報道が過熱し、ESAがこの件についての声明を出すに至った。たとえば海外メディアKotakuは同件についてESAに問い合わせ、返答を掲載した。返答の中でESAは「私達は共同配信したいと思う方々を歓迎しています、(メールの内容については)各配信プラットフォームのガイドラインを守るように注意喚起しただけのものです」と述べた。続けてKeighley氏の共同配信申請を断った件については「彼(Keighley氏)を限られた共同配信者リストに入れない決断をした背景に、決して個人を狙った意図はありません」と、Keighley氏への“意趣返し”説を明確に否定した。

そういった経緯で一部海外コミュニティのESAへの反感が高まるなかで、任天堂の「ミラー配信自粛要請」ツイートがなされたのだ。同ツイートが拡散されるにつれて、海外コミュニティの反感は任天堂にも向けられることとなった。ユーザーから「時代遅れの対応だ」といった批判が任天堂に集まるなか、TwitchはE3の共同配信権を持つにもかかわらず、同プラットフォーム公式チャンネル「/twitchgaming」にてNintendo Directのミラー配信をしないことを表明した。Twitchはその理由を「(共同配信権を持たない)すべてのクリエイターがミラー配信できないため」としている。同プラットフォーム内の配信者に配慮するスタンスを、すぐさま明確にしたのである。


一方で、国内コミュニティからも批判的な声は一部あるものの、任天堂批判の色濃い英語圏とは対照的に「当然の対応だ」「著作権侵害を防ぐためだ」など、任天堂の対応に理解を示すコメントがSNS上では多く見られる。この海外コミュニティと国内コミュニティの温度差については、情報発信についての文化的意識の違いのほか、前述のE3共同配信権にまつわる騒動への認識の有無も影響していると考えられそうだ。また、任天堂の声明が日本語のみで発信された点も興味深く、「国内ストリーマーに限定した声明」と解釈する余地もある。

任天堂が上記ツイートを投稿するに至った経緯については計りかねるものの、E3が“公式”と“非公式”のミラー(共同)配信を切り分けたために、任天堂としても立場を明確にする必要があった可能性は考えられる。マイクロソフトは「Xbox & Bethesda Games Showcase」について、同じくミラー配信への姿勢を明確にしているものの、こちらは「ミラー配信歓迎」というものだ。また、E3の完全オンライン配信は今回が初。配信主体のイベント運営において、運営元ESAもストリーマーをどう扱うか、各社のミラー配信への姿勢をどう取りまとめるか、苦慮している部分はありそうだ。

コロナ禍に適応するかたちで、オンラインストリーミングにその主戦場を移したゲームイベントたち。今回の一連の騒動は、そういった新しい形式のイベント運営に適応しようとする試行錯誤が、結果としてコミュニティの大きな反応を巻き起こしてしまったものではないだろうか。この状況が将来続くかどうかも見通しが立たない今、各ゲーム企業や団体がどのようにオンラインイベントへの適応を進めていくのか、慎重に見守りたい。

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